アート&バイブル 59:エッケ・ホモ(この人を見よ)


グイド・レーニ『エッケ・ホモ(この人を見よ)』

稲川保明(カトリック東京教区司祭)

グイド・レーニ(Guido Reni, 生没年1575~1642)は、以前、アート&バイブル21で紹介したように、ボローニャ生まれの画家です。地元の画家一族カラッチ家が主宰する画学校(アカデミア・ディ・インカンミナーティ)に入門してルドヴィコ・カラッチに師事し、20代半ばにカラッチ工房の一員としてローマへ赴き、ファルネーゼ宮殿の天井画製作に参加しました。以後、教皇パウロ5世(在位年1605~21)や枢機卿ボルゲーゼ(Scipione Borghese, 生没年1576~1633)に重用される画家となりました。

彼の作風として、一方では、巨匠カラヴァッジョのような劇的構図や明暗の激しい対立というバロックの特徴も見られますが、他方、ラファエロ風の古典主義的な様式も見られます。これらの点から「ラファエロの再来」と呼ばれることがあります。

この作品は茨の冠をかぶるイエスを描き、ヨハネ福音書19章1~7節のエピソードから『エッケ・ホモ(この人を見よ)』という題で知られています。

ピラトによって捕らえられたイエスは兵士たちに鞭で打たれ、茨を編んで作った冠を頭に載せられます。そして紫の服を着せられると、兵士たちは「ユダヤ人の王、万歳」と言って、イエスを平手で打ちます。するとピラトがまた出て来て、「見よ、あの男をあなたたちのところへ引き出そう。そうすれば、わたしが彼に何の罪も見いだせないわけが分かるだろう」と言います。

グイド・レーニ『エッケ・ホモ(この人を見よ)』(1639年、油彩、60×45cm、パリ、ルーブル美術館所蔵)

そこに茨の冠をかぶり、紫の服を着けたイエスが出て来ます。ピラトは、「見よ、この男だ」(ラテン語で「エッケ・ホモ」)と告げます。祭司長たちや下役たちが彼を見て、「十字架につけろ。十字架につけろ」と叫ぶと、ピラトは「あなたたちが引き取って、十字架につけるがよい。わたしはこの男に罪を見いだせない」と言います。すると、ユダヤ人たちは答えます。「わたしたちには律法があります。律法によれば、この男は死罪に当たります。神の子と自称したからです。」

 

【鑑賞のポイント】

(1)レーニのこの作品はサイズ的にも60×45cmと小さいものです。それゆえ、ヨハネ福音書が記述する箇所に登場するピラトやユダヤ人の群衆などの姿は大胆に割愛し、人々の前に引き出されたイエスの姿に焦点を合わせています。

(2)茨の冠をかぶらされ、葦の棒を笏杖に見立てて持たされています。イエスの表情は目を天に上げ、御父の望みをはたすために受けているこの苦難を乗り越えており、恍惚とした表情にも見えるものです。

(3)レーニはバロック期の源流だけでなく、ラファエロたちが残した甘美で優雅な画風を生かしていると思います。同じモチーフでも苦しみやみじめさだけを激しいタッチで描く他の芸術家の作品もありますが、このレーニの作品には「何者にも惑わされないイエスの澄みきった心」を感じます。

 


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