マリアの話は、いつからみられるかというと、一番最初に書かれたマルコ福音書には「この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、シモンの兄弟ではないか」(マルコ6章3節)この一カ所しかないのです。イエスの誕生の話もマルコにはありません。
マリアのお告げやエリザベト訪問、そしてベツレヘムの馬小屋での誕生についてはルカだけが詳しく述べています。
このことは何をものがたっているのでしょうか?
たぶん、イエスもマリアもあまり自分たちの生い立ちについて弟子たちに語らなかったから、弟子たちもよく知らなかった。そのうちにイエスの誕生のいきさつを知っている人たちから始まる口伝えが広がっていき、それが福音記者につたわり、福音書に追加されたとみるのが妥当なところでしょうか。
もちろん、イエスにはそのような誕生のいきさつは歴史的事実ではなく、あとからねつ造された話であるという説も否定できないのですが、たとえ事実ではなかったとしても、ベトレヘムの馬小屋で誕生したというクリスマスの話は、人間の歴史においてどれだけ多くの人たちに希望と喜びを与えたことでしょうか。
マリアの話でもう一つ気になるのは、イエスの十字架のもとにいた女性たちの話です。実はマルコにもマタイにもルカにも十字架をとおくから見ていた女性たちが多くいたことは書かれていますが、その中に母マリアの名前がないのです。ただ、ヨハネだけに書かれています。あのルカでさえ母マリアの名前を記していないというのもとてもヘンです。ルカは使徒言行録のほうでマリアが弟子たちと共にいたことを書いているにもかかわらずです。
でも確かに母マリアがあの下にいたのでしょうね。ミケランジェロのピエタ像はヨハネの記述がなかったら、出来なかった傑作です。