フランス・カトリシスムとは何か(5)イエスの聖心臓とフランス


竹下節子(比較文化史家)

 

『サクレ・クール』というひとつの映画

2025年10月1日、『サクレ・クール』というフィクション映画がフランスの150の映画館で封切られた。1673年にフランスのパレイ・ド・モニアルで一人の修道女の前に現れたイエスが、自分の心臓を見せて崇敬するように促したという出来事を基にした映画だ。

封切以来、すべての映画館が満員御礼の状況になった。

当初は1ヶ月で2万人が動員出来れば御の字だと予想されていたのに蓋を開けると1ヶ月で25万人の観客が訪れた。

 

それにはなんとも皮肉な訳がある。製作者がイエスの聖心臓(サクレ・クール/Sacré-Cœur)を中心に描いた広告をメトロ(地下鉄)の構内などに貼りだそうとしていた時に、その図柄があまりにも宣教的であり公共の場における政教分離(ライシテ)に反しているということで広告の掲示が禁止されたからだ。メトロの構内やホームに大判の映画広告が張り出されていることは珍しくない。悪魔憑きだとか悪魔祓いのおどろおどろしい図柄も、普通に見かける。煽情的な場面の方が人目を引くので、怪物やら吸血鬼やらの姿が強調されることも少なくない。

「悪魔」は看過されるのに「イエスの心臓」の図柄はダメだというのだろうか。

1988年にマーティン・スコセッシ監督の(イエスの)『最後の誘惑』という映画が上映された時の騒ぎを思い出した。イエスとマグダラのマリアが家庭をもったという妄想のシーンが問題とされて、パリの映画館では上映中止になったところもあった。それがかえって大きな話題となったのだ。

それにしても、イエスの裁判のシーンや磔刑のシーンの出てくる映画は、パゾリーニの『奇跡の丘』やメル・ギブソンの『パッション』など、たくさんあるのに、その広告自体が禁止されたというような話は今までにない。それなのに、タイトルにイエスという名もなく、本編にその姿もない映画の広告が「政教分離」に反するという理由で拒絶されるなど、「表現の自由」のリーダーであるはずのフランスにとって、衝撃的なことだ。それが「逆効果」となって、本来「地味」なはずだったこの映画が大ヒットとなったわけだ。

 

カトリックにおける「聖心臓」に対する崇敬とは

そもそも、「イエスの聖心臓」に対する崇敬は、フランスの地方の修道女の言葉だけで始まったのに、あっという間に世界中のカトリック世界に広まった。特定の聖人の聖遺物などではなく、イエス自身の「心」なのだから、神学的なハードルは低い。

日本語では、「心」と内臓器官としての「心臓」は別の言葉だからピンと来ない。「聖心女子大学」のような名門の教育機関の名は知られているけれど、イメージとしては「心臓」よりも、「清い心」というところだろうか。

パリのモンマルトルの丘にそびえるサクレクール・バジリカ聖堂は日本人の観光客にも人気だ。イエスの聖心臓は、カトリシスムにおいては聖餐式で口にする「ホスチア」とつながる。イエスの体を口にして「一体化」するという神秘的な一体化の体験がその起源にある。

パリのサクレ・クール寺院建設が決まったのは普仏戦争に破れた1870年のことだ。 建設場所が殉教者の丘であるモンマルトルに決まったのが1872年で、1875年に建設が始まり、1885年に聖体のシャペル(礼拝堂)ができて以来140年間、毎日24時間の聖体礼拝が途切れることなく続いている。

今でもフランスの地方都市で、その地元をイエスの聖心に捧げるというセレモニーが存在する。自らの胸を開いて見せた「イエスの聖心」への崇敬は、中央アフリカや中国、カナダにも広がっている。ナントの訪問修道会(17世紀にイエスの姿を見た聖女マルグリット・マリー・アラコクの属していた修道会)のシスターたちは、聖心臓を小さな布に刺繍したソヴガルドという「お守り」を今も手作りし続けていて無料で配布している。

イエスの「聖心臓」への崇敬が広まった後では、1830年にパリのバック通りで見習い修道女の前に現れた聖母が、「不思議のメダイ(奇跡のメダル)」の製造を示唆したという話が有名だ。聖母像と祈りの言葉が描かれたメダルの裏側には、茨の冠に囲まれたイエスの聖心臓と、槍に貫かれたマリアの聖心臓が並べられている。このメダルは、今では世界中に広まっていて、カトリック信者であるかどうかにかかわらず、シャペルを訪れる日本人も少なくない。

フランスと言えば、革命後のカトリック排斥を経て、王政復古や第二帝政などで復活したかに見えた教会が、普仏戦争後の共和制で再び弾圧されたというイメージがある。カトリックが再び復活したのは、第一次世界大戦という危機の時代における団結によるとも言われる。それが、ジャンヌ・ダルクが列聖された背景ともなった。

それにしても、イエスの聖心臓という意外な崇敬対象を生み出したり、イエスの聖心とマリアの聖心を並べたメダルを作ったりして世界中に広めたのが、フランスという国であることは意外に思えるかもしれない。現代フランスでも、イエスの聖心臓や数々の奇跡の巡礼地など、現代の世俗的な趨勢と逆のところにあるカトリックに惹かれる若者が増えている。

 

第2バチカン公会議以後のフランスのカトリック

1960年代半ばの第2バチカン公会議以来の「改革」がフランスのカテキズムに反映されたのは1970年代に入ってからのことで、その頃「無神論」に走ったのは過去の教義的なカテキズムを受けた世代だった。彼らの次の世代が、フランスの政教分離法成立から百年を経て、カテキズムとは別のところでカトリックの信心に惹かれるという現象は興味深い。

フランスでも出生率が落ち、幼児洗礼は30%にまで減った。1980年代初頭に比べて年間270万人の減少だ。逆に、成人洗礼は年間2万人と増え続けている。

とはいえ、幼児洗礼をするような家族の多くにとっては、洗礼は伝統的であり、信仰とは別の「習慣」だった。それに対して、自分の意志でカトリックを選ぶ成人洗礼を経た信者の方が相対的に大きな潜在力を持っているといえるだろう(今も幼児洗礼を続ける家族はミサに出席する層であり子どもの数自体は多い)。

 

現代フランスのカトリック信者の世代差と温度差

フランスではカトリック信者がマイノリティになった、と言われて久しい。実際は、世代差があり、温度差がある。まず洗礼の有無にかかわらず、60歳以上の人では45%がカトリックで、30%が特定の宗教を信じていない、そして17%が無神論だと答える(EVS2018)。18~29歳では、カトリックは15%、無宗教が39%、無神論者が28%となる。ムスリムは13%である。

60代以上で、カトリックとしてのアイデンティティを保持している人は、ひと昔と違って、その意味を考え、自分の意志で選択しながら信者として生きているという。教会も、信者が自分で自分の良心を見つめ、政治や社会にも関わっていくようにと勧める傾向があった。

ところが、今のカトリック教会はその内部から「脱世俗化」に向かっている。なぜなら、「世俗」に向かう信者たちはすでに教会から離れており、教会に残っているのは、より信心深く、義務感が強く、禁欲的な信者であり、彼らの望んでいるものに対応しなければならないからだ。

幸い、70年代以降、聖職者を志す若者の多くは毎週のミサに通うカトリック守旧派の家庭の出身で、典礼を重んじるので、需要に適っている。聖体礼拝なども、50年前よりむしろ増えているのだ。

無神論や宗教に無関心な両親のもとに育った若者の中には、ムスリムの若者たちの多い環境で暮らす者も多く、イスラム教が地域の宗教のモデルになっている。彼らがカトリックの洗礼を受ける時には、イスラムと拮抗するような「伝統的な典礼」を無意識に求めているのだ。

第2バチカン公会議の直後は、ミサをラテン語で挙げるかどうかで、守旧派信徒と進歩派(リベラルな)信徒とが分断されたが、今ではラテン語ミサは正統で魅力的なものと見なされるようになったのだ。伝統的で典礼を重んじる少数派の方が、メディアを通しての宣教活動なども熱心に行い、力を持つようになった。 彼らの割合は8~10%を安定的に維持して、伝統主義への執着ではなく感動を求めてラテン語ミサにも抵抗なく参加する。

一方、1970年代にも信者として残った左派で、リベラルなカトリックの若者たちは、21世紀の今でも毎週のミサに行く信者の25%を占めている。といっても、この世代の信者は、当初こそ、その文化資本(再生産される文化的所産/社会学者ブルデューの用語)の強固さゆえに大きな影響力を持っていたが、次第に影が薄くなった。

逆に、若い世代で左派(リベラル)の信者は、教会の外での活動に熱心だ。これらの2つのタイプの若い世代は、典礼の伝統的な形について、第2バチカン公会議の後のような対立を意識しているわけではない。その多くは、ひとえに感受性の差によって分断が生じている。カトリック左派(gauche chrétienne)の若い世代には、前教皇フランシスコの回勅『ラウダート・シ』に共感してエコロジーの活動家となるケースも見られ、独自のネットワークを作り始めており、今後新しい道が開けるかもしれない。

 

もうひとつの大きな動き

もうひとつ、フランスのカトリックにおいて大きな動きがある。それは、移民出身のカトリック信者の増加だ。移民の出身国は、世俗化が進んでおらず「超自然」の生活感覚を持っている国の場合が多い。このようなカトリックの構造の変化は、フランスのカトリシスムの変化というより、グローバリゼーションがもたらした現代フランスの社会的な現象と言えよう。以前のような、理想化された「ほんとうのフランス」を体現する「ブルジョワのカトリック」というイメージはすでに時代遅れのものになっている。

そのように世代間においての分断、信仰の形においての分断が進むフランスのカトリック世界であればこそ、映画『サクレ・クール』が、「神秘の力」による大きなウェーブを巻き起こしたのだ。その波が、「聖なるもの」を希求する多くの人の心に届くかどうかを見守っていきたい。

 


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