戦後の図書館と公文書館


岡村光章(詩人)

 戦後、アメリカの議会図書館をモデルとして、国立国会図書館は創設された。

 かつて、自民党の幹事長だった石破茂衆議院議員は、選挙後、「国会図書館を使い倒すくらいでないといい仕事はできんぞ!」と新人議員に発破をかけるほどに国立国会図書館の国会へのサービスは充実してきている。

 戦前の国会は、調査機関を備えておらず、行政各部が調査機関を備えていたため、官僚が立法し、軍閥がこれを実行するというような状態であった。これを脱却するために、国立国会図書館は創設された。

 調査機関を持った議会は、民主主義を守る砦である、という認識であるが、アメリカでは図書館のみならず公文書館もまた民主主義を守る砦だ、と言われている。

 アメリカの国立公文書館は、独立した機関であり、職員数は約2,500名である。あくまでもアーキビストの専門的

アメリカ国立公文書館

見地から、永久保存記録の選別、評価を行っている。ホワイトハウスの記録すら、国立公文書館との協議なしには廃棄等決めることはできない。

 これに比して、我が国の国立公文書館の職員数は50名余りである。各省庁の記録管理状況を査察する権限はなく、記録の廃棄権限も各省庁の長が握っている。国家の記録遺産の保存という重要な任務を負わされていながら、それを実行するための制度的な後ろ盾は与えられていない。

 森友学園問題などで、公文書の公開について物議をかもしたが、けっきょくは当時の政局の判断にゆだねられており、社会正義、公平性が担保されているとはいえない。

 国立国会図書館はアメリカの議会図書館をモデルとして創設されたが、国立公文書館は、昭和46年、当時の総理府

日本の公文書館

の付属機関として設立された。従って行政府に属しており、アメリカと違って独立機関ではない。現在は、内閣総理大臣を主務大臣とする独立行政法人である。

 国民主権の民主主義社会を支える基本原則の一つは、情報の公開と共有化である。安全保障上等国家の機密は在ってしかるべきであるが、まず最初にあるべきなのは、国民の知る権利を保障する、情報の公開と共有化である。

 情報公開法という美辞麗句を並べた法律があるが、各省庁に対して、ジャーナリストが情報の公開を求めても、墨塗りの公文書が手交されるという事実があるようである。

 ある政治学者は、我が国の公文書管理制度は発展途上国並みと揶揄している。

 もし、仮に我が国の国立公文書館がアメリカの国立公文書館をモデルとして、戦後すぐに創設されていたら、そして図書館と公文書館が民主主義を守る砦として厳然として存在していたら、今の日本の社会の在り様もずいぶん変わっていたのではないか、と思う。


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