2023年10月、パレスチナのガザ地区に侵攻したイスラエルのニュースを世界中に駆け巡ったとき、ほとんどそれまでイスラエルとパレスチナがどのような関係になっているかよくわかっていませんでした。なぜ、イスラエルは、パレスチナに侵攻しなければならないのか、流浪の民であったユダヤ人がイスラエルという国を得て、自分たちの安住の地を得たことで世界は平和への一歩を踏み出したと思っていたのですが、なぜ、このようなことが起こるの私には理解できませんでした。今回ご紹介する映画「ノー・アザー・ランド 故郷は他にない」は、ヨルダン川西岸地区のマサーフェル・ヤッタで生まれ育ったパレスチナ人の青年バーセル・アドラーの活動をドキュメンタリー映画が公開されます。
舞台となるマサーフェル・ヤッタは、パレスチナの中で、イスラエルが治安権限も民政権も持つ地域です。
5歳で父がイスラエル軍に逮捕されるのを目の当たりにして7歳ではじめてデモに参加するバーセルは、父も母も故郷を守るために活動家として闘う家に生まれ、自身も子どもの頃から抗議活動に必然的に関わるようになります。彼と共同監督のひとり、パレスチナ人のハムダーン・バラールの成人してからの時間のほとんどは、村人たちの家を破壊し、不当な暴力で追い出そうとするイスラエル軍の残虐行為を記録し、世界へと発信することに費やされてきました。
2019年、イスラエル人ジャーナリスト・ユヴァル・アブラハームとラヘル・ショールは、彼らの活動を支援を目的としてマサーフェル・ヤッタを訪れます。4人は立場を超え、「故郷」の日常をありのまま映像に映すという手段を武器に、大国による理不尽な占領の実際を報道し世界に訴え続けます。
そして、もう一つの視点は、バーセル・アドラーとユヴァル・アブラハームの友情です。ともに1996年生まれで地中海に面した地域に生まれています。バーセルは、西岸地域でしか生きられず、家や学校も破壊され、生きるべき土地だけでなく、命の危険にさらされている日常におかれています。かたやイスラエル生まれのユヴァルは、自由な往来ができ、制限のない日常が保証されています。“パレスチナ人”と“イスラエル人”という話す言葉、宗教、の違いを超えて2人は連帯していきます。
2019年夏から2023年までの記録の中で、最後にバーセルが語る言葉が胸を打ちました。
「水は1滴でも溜まれば流れは変わる。(中略)彼らは僕らの人権を奪った。彼らには強い軍隊がある。でも、弱かった時を忘れるべきじゃない。苦しんだ時を。力で押し切ろうとしても失敗するよ。パレスチナを追い出せやしない。イスラエルに物事を変える方法を見つけることが重要なんだ」
そして最後に4名の監督たちの言葉です。「私たちはパレスチナ人とイスラエル人の、映画作家であり活動家でもある4人組です。
本作を共同制作した理由は、マサーフェル・ヤッタで今まさに進行しているパレスチナ人の強制追放を阻止し、現代にもはびこるアパルトヘイトの現実に、壁の両方から、不平等を映し出すことによって抵抗したいからです。
私たちを取り巻く現実は日に日に恐ろしく、暴力的になり、マサーフェル・ヤッタの人々は弱く小さな存在へと追いやられています。私たちができることは、叫び声をあげることだけです。
本作の核心にあるものは、イスラエル人とパレスチナ人が、この地で、抑圧する側とされる側ではなく、本当の平等の中で生きる道を問いかけることです。 」
パレスチナで起きていること、そしてその人たちの痛みを少しでも感じることが重要なのではないかと思いをはせることの映画です。ぜひ映画館に足を運んで観てください。
中村恵里香(ライター)
2月21日(金) TOHOシネマズ シャンテ、シネ・リーブル池袋ほか全国公開
公式ホームページ:https://www.transformer.co.jp/m/nootherland/
監督・脚本:バーセル・アドラー、ユヴァル・アブラハーム、ハムダーン・バラール、ラヘル・ショール /製作:ファビアン・グリーンバーグ、ボード・ヒョーゲ・ロニング、バーセル・アドラー、ハムダーン・バラール、 ユヴァル・アブラハーム、ラヘル・ショール /編集:バーセル・アドラー、ハムダーン・バラール、ユヴァル・アブラハーム&ラヘル・ショール /編集コンサルタント:アンネ・ファビニ /撮影:ラヘル・ショール /音響:ボード・ハラジ・ファルブ /音楽:ユリウス・ポルックス・ロートレンダー
2024年/ノルウェー、パレスチナ/アラビア語、ヘブライ語、英語/95分/原題:NO OTHER LAND/日本語字幕:額賀深雪/字幕監修:高橋和夫/配給:トランスフォーマー
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