クリスマスの聖歌


松橋輝子(東京藝術大学音楽学部教育研究助手 桜美林大学非常勤講師)

クリスマスが近づくにつれて、様々な場所でクリスマス・キャロルが鳴り響きます。最も聖歌を身近に感じる季節かもしれません。今回は、待降節の聖歌、そして降誕節の聖歌を紹介します。

 

「来ませ救い主」

 

待降節の聖歌として有名なこの聖歌「来ませ救い主」の由来は、〈Veni, veni, Emmanuel〉という中世初期のラテン語聖歌にさかのぼります。

 

この旋律を聞くと賛美歌として知られる「久しく待ちにし」がまず頭に浮かぶ人が多いでしょう。しかし、日本のカトリック聖歌集には、この聖歌は含まれていません。

日本のカトリック聖歌集の「来ませ救い主」の聖歌の旋律は、17世紀ころ、作者不詳で作られたと言われています。日本には、ドイツ語翻訳版〈O komm, o komm, Emmanuel!〉を通して、この聖歌がもたらされました。

O komm, o komm, Emmanuel, 来たれ、来たれ、インマヌエルよ。

Nach dir sehnt sich dein Israel! あなたの⺠イスラエル、彼を求め

In Sünd’ und Elend weinen wir 罪と惨めさのうちに私たちは泣き、

Und fleh’n und fleh’n hinauf zu dir. 心からあなたに願いを求める。

Freu dich, freu dich, o Israel! 喜べ、喜べ、イスラエルよ。

Bald kommt, bald kommt Emmanuel 間もなく、間もなく、インマヌエルがくる。

冒頭、「来たれ、来たれ、インマヌエルよO komm, o komm, Emmanuel!」は、イザヤ書7:14(「それゆえ、わたしの主が御自らあなたたちにしるしを与えられる。見よ、おとめが身ごもって、男の子を産みその名をインマヌエルと呼ぶ。」)にある預言に基づいています。その後も、イザヤ書(9:1「闇の中を歩む⺠は、大いなる光を見、死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。」;45:7「光を造り、闇を創造し、平和をもたらし、災いを創造する者。わたしが主、これらのことをするものである。」)を踏まえた、救い主の誕生がもたらす喜びを預言する内容が歌われます。

この聖歌は1918年の『公教會聖歌集』に初めて掲載されて以降、待降節の聖歌として、日本のカトリック教会において待降節の聖歌として親しまれています。日本語の歌詞はドイツ語版に忠実に翻訳され、救い主の誕生を待ち望む人々の心が歌われます。

1918年『公教會聖歌集』

1.やよすくひぬしよ 疾く天降りまして

つみとがに沈淪む 我らたすけませ

喜べもの人 救ひ主来たまふ

2.やよすくひぬしよ 君がひかりもて

  闇路にさまよふ 民等照らしませ

3.やよすくひぬしよ 今疾く天降りて

  かなしみのなみだい 拭ひ取りたまへ

続いて、1933年『公教聖歌集』では、以下の歌詞とともに出版されました。

1.来ませ救ひ主 天の門いでて

み恵み齎らし 世人救ひませ

喜びは湧きて 笑の眉開かん

2.来ませ救ひ主 君が光りもて

  道ゆき惑へる 民を照らしませ

3.来ませ救ひ主 愛のみ翼に

  我等を育くみ 涙ぬぐひませ

この歌詞は、基本的に現在の『カトリック聖歌集』に引継がれています。

http://hosanna.romaaeterna.jp/cseika100/csei105.html 

 

 

「しずけき」「きよしこの夜」

 

続いて、降誕説の聖歌「しずけき」について紹介します。

この聖歌は、クリスマスの曲としてもっとも有名といってもよいでしょう。ヨーゼフ・モール(Joseph Mohr, 17921848)によって書かれた詞に、フランツ・グルーバー(Franz Xaver Gruber, 17871863)が1818 年に曲を付けました。

オリジナルバージョンによる音源はこちらです。

1次世界大戦後、この作品に込められたグルーバーとモア―による平和のメッセージを記念して、初演が行われた教会のそばに建てられました。(オーストリア、ザルツブルク州オーベンドルフ)


旋律はあまりに有名ですが、ここではこの聖歌の日本語歌詞の変遷、そして、当時書かれた解説を振り返りたいと思います。

「きよしこの夜」に始まる日本語の歌詞は由木康(18961985によるものであり、初めて収録されたのは1909年の『讃美歌』第2編です。

1.きよしこのよる 星はひかり、

すくいのみ子は まぶねの中に

ねむりたもう、いとやすく。

2.きよしこのよる み告げうけし

まきびとたちは み子のみ前に

ぬかずきぬ、かしこみて。

3.きよしこのよる み子の笑みに、

めぐみの み代(みよ)の あしたのひかり

かがやけり、ほがらかに。

カトリック教会の聖歌集においては、1918年『公教會聖歌集』に初めて、以下の歌詞で掲載されています。

1.静寂(しづ)けき真夜半 牧場の空

はるかに聞こゑ来る 聖天使の祝ぎ歌

『救ひ主こそ いま生まれませ』と 

2.しずけきまよなか うまやのうち

身に浸む寒冷氣をも 知らぬ顔頬に睡むる

聖子のすがたの いとど畏こき

3.しずけきまよなか 来たりあふげ

たふときみどり子の いつくしみの光

いといみじくも 闇をぞ照らす

その後の聖歌集改訂を経て、1933年に『公教聖歌集』が出版された際には、「更けゆく静寂を」という冒頭歌詞がつけられています。

この歌詞について、『公教聖歌集』の出版に当たって作詞の大部分を担った小倉慮人氏(おぐらまきと、18891965)が、現在の『カトリック新聞』の前身『日本カトリック新聞』にて、次のようなコメントを寄せています。

「この歌の曲は独逸の有名なクリスマスの曲。歌詞の意は、

1.夜は沈み、老けて、牧場の空はるかに霊妙の物の音が響く。あれ、何とその神類の人の心を刺すことぞ。蓋しや、天使の奏楽であろう。

2.「神には栄光、地には平和、永遠に然あれかしアーメン、云々の天使歌、聖曲鮮やかに響いて、さて今し牧の野守が御告げに胸響かせて聖誕の家に駆けつけてゆく、ゆくにはゆく様だが、あの牧者達には、キリストといふことが、十分に理解せられたかしら。

3.尊厳の神の御子は、粗末な馬屋に宿りしてすやすやと、今は安らかに眠らせ給ふのである。夜の嵐よ、あまりに吹き荒れてはくれるな。「やよ嵐心して吹け馬屋の窓」

4.幾年かぞへて年々歳々。我らはこの絵巻の様な聖誕の光景を思ひ返して、歓びたのしみ、夜を徹してまで(朝の午前零時のミサまで)語り明かし、歌ひ暮れる。かうして神の御國に入って直接にそのキリストにあいまついるまで、年々のクリスマスの記念を続けていくのだ。」(小倉慮人「新聖歌集評釋(二)」、『日本カトリック新聞』 19331231日(429号)、4頁。)

作詞者自らによる解説を通して、あらためてこの聖歌が描く、生き生きとしたクリスマスの夜に思いを馳せることができると思います。

 

In dulci jubilo

 

最後に、14世紀にさかのぼるヨーロッパの伝統的なクリスマス・キャロル「In dulci jubilo」を紹介します。ラテン語とドイツ語の歌詞がミックスされています。

In dulci jubilo, 甘き喜びのうちに
Nun singet und seid froh!
今こそ歌い、喜ぶ。
Unsers Herzens Wonne
我らの喜びは
Leit in praesepio;
飼い葉桶にあり
Und leuchtet wie die Sonne
太陽のように輝き
Matris in gremio.
母の胸に抱かれる

Alpha es et O! それは、アルファでありオメガである!

一番の最後の「アルファでありオメガ」という歌詞は、ギリシャ語の最初のアルファベット(アルファ)と、最後のアルファベット(オメガ)を示しており、ヨハネによる黙示録に基づいています。

ヨハネ黙示録215-6

すると、玉座に座っておられる方が、「見よ、わたしは万物を新しくする」と言い、また、「書き記せ。これらの言葉は信頼でき、また真実である」と言われた。また、わたしに言われた。「事は成就した。わたしはアルファであり、オメガである。初めであり、終わりである。渇いている者には、命の水の泉から価なしに飲ませよう。」

このキャロルは人気を博し、カトリック教会、プロテスタント教会で広く歌われました。16世紀には英語にも翻訳された他、多くの音楽作品に取り入れられています。

https://youtu.be/Xoc-TbVxXBc

 

例えばバッハはコラール作品(BWV 368)やオルガン曲(BWV 608729)などに、度々用いています。これらのオルガン作品は、クリスマス礼拝のオルガン後奏に用いられることも多いです。

フランツ・リスト(18111886)もピアノ曲《クリスマス・ツリー》の第3曲の主題としてこのキャロルを用いています。

 

 様々な音楽を通して、クリスマスの喜びを一層感じてみてはいかがでしょうか。

東京二葉独立教会初代牧師、教会音楽研究家。日本の讃美歌の発展に大きく貢献した。


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