わたしの信仰生活日記ー神の存在証明ー⒂  生きる推しの子


酒井瞳(日本福音ルーテル教会信徒)

「こんにちは」「おはよう」でしょうか、それとも、「こんばんは」かもしれません。でも、この文章を読んでいるということは、あなたはまだ生きているということでしょう。今ここに、生きているのです。息をすってはいて。何かを考えて、何かに怯えていて、何かに心を囚われている。幸せだと思っていても、ちょっとした不安を抱えています。でもそれが、人生なのだと、生きることなのだと思います。

 

1.なぜ、人は生きるのか

この1年、「なぜ人は生きるのか」深く考える機会が何度も与えられました。たしかに未だに解決していない人間関係の問題もあります。しかし、自分の中で特に一番解決したかった問題にある程度折り合いがついたことが私の救いとなりました。

付随して自分の歴史も振り返りました。私が10代や20代前半の時、どんな悩みを持っていたか、何が不安だったのか、今までどんな人だったのかと質問されたことが思い出すきっかけになりました。私って何者なのだろうと深く考えさせられました。

生きることに意味があるのか、死にたいという気持ちにどう向き合えばいいのかを考える機会がありました。

 しかし、この半年は久しぶりに感傷的になる事件が立て続けに起こりました。その結果、精神的にかなり打ちひしがれる日々が重なり、久しぶりに自分の人生の強い行き詰まりを体験することとなりました。それらはどれも自分の限界性やストレス耐性を上回るものであり、私は完全に打ち負かされていきました。もう何も打つ手がない、空回りして着地点が一向に定まらない恐怖もありました。

そのような折、某歌手の歌を久しぶりに聞きました。

この歌手は昔から好きでした。その中でもある曲を聞いた時、バアッと昔の思い出が蘇り、とても懐かしい気持ちになったのです。それは23歳にまつわる曲です。私がその歌手にはまったきっかけは、2010年あたり、ちょうど223歳の夏休み前でした。23歳に関する曲は、その当時の自分の時間軸に対して非常にタイムリーでしたので、興味本位で聞き始めたのがきっかけでした。自分の希死念慮や自殺衝動を口にしない世界の中で生活している人間しか見たことがなかったため、正直に「死にたい」「死ね」「世界が気持ち悪い」「生きているのが嫌だ」「リストカットする」といった純粋な気持ちや言葉を叫び倒していたので、すごくおもしろいと思ったのでした。

私にとって23歳は、人生の中でもかなり辛い時期でした。精神病院の退院後の後遺症もあり、吃音があり上手くコミュニケーションが取れず、一人暮らしのせいもあり、毎晩かなりの苦痛を耐え忍ぶ日々でした。夜になると無性に寂しさや不安や焦りの衝動が強くなり、夜中にLINEや電話をかけまくっていました。毎日毎晩、次の朝なんて絶対に来ないような切迫感ありました。そのような原因不明のよくわからない衝動性や切迫感と恐怖感の中で、どうすればこの嵐のような不安がおさまるのかいつも神に問いながら逃げ場をいつも求めていました。その結果、不眠症だからと福祉施設の夜勤のアルバイトを始め、かなり救われる部分もありました。しかし、結局日中の大学や教会活動と両立出来ず、結果的には悪化していき、福祉施設の夜勤をするというその選択は正しかったのか今でもわかりません。ただし、福祉施設のアルバイトの経験は、その後の人生にいい意味を多く与えてくれました。あの時は、SCF(キリスト者友愛会)やKGK(キリスト者学生会)といったルーテル学院大学以外の活動にもお世話になり、それ以上に多くの時間を大学生活や青年活動や教会活動のために費やしていました。でも、クリスチャンでありながらも、神にも、神以外にも救いを待ち望む日々が続いていました。

王が助けを求めて叫ぶ乏しい人を 助けるものもない貧しい人を救いますように。弱い人、乏しい人を憐れみ 乏しい人の命を救い 不法に虐げる者から彼らの命を贖いますように。王の目に彼らの血が貴いものとされますように。(詩篇72:12〜14)

 

2.救いってなんだろう

教会では救いに関する言葉が語られますが、あまり実感がなかった時期もあります。どうしてなのだろうと、不条理さに耐えられないような時もありました。一時的な気休めや、たしかに楽しいことも幸せなことも五分五分には存在していましたし、私は不幸ではなかった気がします。でも、総合的に考えれば、あれだけの生活環境と経済事情の中で自殺しなかっただけ、幸せだったと感じます。あまり幸福には絶対的な基準が存在しないのでよくわからない部分はあるのですが……。

福祉施設のアルバイトは、仕事でありながら、誰かの役に立っている、誰かのために直接的に関わることが出来ている気がして、それなりに幸せでした。しかし、夜勤のアルバイトと大学生活の両立する日々は、ただ単に睡眠不足だけではなく、精神的にも肉体的にも負担が大きかったので、かなりメンタル状態は悪かったのです。当時の私は、「不安を消すには抗不安薬を飲むしかない」と考えていて、不安が消えないのは薬が足りないせいだと思い込んでいたことが当時の不調の根本的な原因だったのかもしれません。歴代の人類が求めた永遠の命なんていらない、今この瞬間を生きる何かがほしい、この不安が自分ごと消えてほしい、この世界から消えたかったのです。

主よ、あなただけは わたしを遠く離れないでください。 わたしの力の神よ 今すぐにわたしを助けてください。(詩編 22:20)

 

絶不調の中にいた23歳の時は、私だけでなく、あの歌手もまさか15年後の今40歳まで生きているとも思いませんでした。少なくとも、あの歌手か私のどちらかが20代半ばの時点でお互いどちらか先に死ぬのだろうか、数年差かな、という気持ちでした。ですから、まさかその後15年も両者が生きていることは、当時の私にとって有り得ないことでむしろズルいような気がしました。私も、あの歌手も、あんなに「死ぬ」って言っていたのに……。

その歌手の曲はある意味とても自殺幇助的を助長する影響が強いと批判する人もいます。実際にそのような部分が歌詞の中にも多く存在しています。その歌手は本当にとても特殊な部類に属する人です。私自身も、そこが魅力であり、同時に頻繁に炎上する原因だということは当時からわかっていました。そのような意味では、ある意味いい部分と悪い部分はかなりありましたし、あまり大っぴらにその歌手の曲が好きだとは言えなかった時期もありました。表現の自由があるといえども、批判的にコメントする人は昔から今でも多かったのは事実です。

しかし、「死にたい」「死にたい」と言った私やあの歌手が生きて、「死にたいと言うな」といった私に関係が深いある人が、私が23歳になる直前に自死したことも大きな出来事でした。その後の人生もいろいろありましたが、あのときの生活苦と人間関係の苦しみは永遠に私の人生に暗い影を落としていると思うのです。決して消えない過去の一部分は、私の深層心理の中でトラウマとして蓄積され、一生自分の精神構造の一部として重く存在し続けるのだろうと感じます。その後も人間関係にも負担を感じる日々は続き、悲しみを感じる事件は終わることなく続いていきました。同時に人間は環境が変わると簡単に手のひらを返すことも多く体験してきました。そのような意味で、私はあの時、あの時期だけ苦しかったと、すべて過去にすることはできません。むしろ、あの時期のあの経験が、今の私の根底に存在しているからこそ、今の私が存在するのだと強く実感します。

当時の私は確かに典型的な境界性パーソナリティ障害みたいな状態でしたし、今でもそうだと思います。そのように考えれば、よくあの状態からここまで安定したと思うのです。とりあえず10代、20代の破壊的自殺衝動や嵐のような衝動的な不安は、あの歌手とほぼ同レベル程度でしたから、なんだか本当にお互いが今も生きている事実はすごいと思います。人生、本当に何が起こるのかわかりません。あの歌手は、どうやってここまで生き延びたのでしょう。

 

3.私には、教会があった

私には、各場所場所でさまざまな転換点や自己の回心があったとしか言えません。でも、その中心的な部分は、教会や神学、それに他者が私を支えてくれたのだと思います。あの時は、わからなかった聖書の言葉の意味や重み、教会と神学と祈り、思い返せばそのようなものが守り導いてくれていたのだと思うのです。いつも私のそばには神さまがいて、ずっと共に苦しみ泣いてくれていたのでしょう。そして、主が私に、命が失われることがないように願っていたのだと思います。

それは「Foot Print」の歌詞のようなものかもしれません。大学のサマーキャンプで死ぬほど歌った曲でしたが、今ではより実感のこもった意味や内容の深さに驚くこととなりました。私が一人で歩んでいたと思っていたのに、その一つの足跡はイエスが私を背負ってくれていた。結局、何事もあとにならないと過去の本当の意味はわかりませんし、後で振り返ったときにしか、人生の流れや総合的な意味が、過去の道の流れがどうだったか分からないのだと思います。きっと現在とか未来は、たぶん私たち人間の目には見えないものなのですだから。ですから、イエスに聞いて共に識別する必要がありますし、高齢者や自分より年長者の意見を聞きできるだけ善を選ぶように努力しないといけないのだと思います。

神さまは目に見えないし声は聞こえないかもしれないけれど、聖霊が教会を守るだけではなく、神の民の共同体のひとりひとりを守ってくれているのでしょう。そうやって、神と教会と人々は生きていたのでしょう。そして、教会と信仰は守り続けられてきたのでしょう。誰かを救う言葉や、想いがあって、絶望や不安や恐怖を超える時があって、そこには単なる気休めでもない現実が存在しています。私はこれだけの重荷を背負っても死後に怨念や呪いとなることがないようにしたいのです。それほどに人間の意思や、思いには偉大な力があります。生と死を超える思念や思想があります。私たちは、悪なる力に引きずられないように、聖なる力を、信じたいのです。それはさまざまなかたちや姿をし、先人の知恵を通して、深い闇の夜がいつか明けるという希望を、永遠にずっと謳っています。

私もその歌手も、

物凄く人間関係に恐怖心をいだき、周りを嫌悪し、

「死ね」「死にたい」とか「死ね」「死ぬ」「死にたい」とか言いながら、

不幸の連鎖から抜けられない、絶望と不安の中を駆け抜けてきました。

それでも、今こうして生きているから、

やっぱり人生だよなぁ。

人生って、すごいと思うのです。

今は今で、やっぱり、あなたの言葉には現在進行形で響くものがあるし。

聖書とか教会の言葉とは違う意味で、私にとって、

本当に意味がある言葉でした。

ほんとうに、ありがとう。

あの歌手はまだ生きているし、まだバンド活動をし、元気に歌っています。あの歌手に会ってみたい、でも怖い。うまく言葉に出来ないけれども、やはり会ってはいけないような気がします。正直な気持ちで、あの歌手には本当に老後までずっと生きていてほしいです。

でも、会ったら普通に泣きそう。ずっと泣きそう。涙が止まらないと思うのです。

ありがとう、病みまくった青春。もう生きられないと思った日々。

それは現在進行形で、未だに未来完了形。

 結婚しても、結婚したあとも、

ずっとその歌手の曲を聞いて、死ぬまで共感するのだと思うのです。

 私の死にたかった季節。

 そして私が、これからも生きていく季節。


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