聞き手:鵜飼清(評論家)
うかい:このインタビューの最後でもまた触れたい部分なんですが、「霊」ということの意味です。日本の当時の「国体」という天皇制の下では、現人神の天皇が存在するわけです。臣民としての国民の兵士などは国家のために殉ずる、天皇の為に命を捧げることが名誉だったわけです。兵士の霊は靖国神社に祀られるけれども、骨はどうでもいいということでしょう。ここがとても重要なことであって、この映画は鋭く「国体」に対する異議を唱えているように思えるんです。
戦後になって、新しい憲法が制定されてから天皇は象徴天皇になりましたが、靖国神社に極東国際軍事裁判(東京裁判)でA級戦犯になって刑死した軍人などが靖国神社に合祀されることを知って、天皇は靖国神社へは行かなくなりました。さて、戦争で亡くなった兵士たちの霊はいまどこを彷徨っているのでしょうか。
谷口:合同で慰霊できるというか、誰しもが行けるところがないのがすごくつらいと言いますか、しっくりきません。自分が悩んだり迷ったりしたときに、先人に手を合わすというか、そういうときに心の恢復ができると思うんです。
アーリントン墓地に行きましたが、ああいう誰しもが行って、自分の心が寂しいときに静かに思いに耽ることができる場があるというのは違います。それが日本にはそういう場がないんです。
うかい:日本には千鳥ヶ淵の戦没者墓苑がありますが、あそこは狭いし、なんか暗いんですよ。
谷口:千鳥ヶ淵は、なかなかふらっと行って、亡くなったかたへの弔いをするというにはどうかなという感じがしますね。
うかい:この映画から思い浮かんできたのは、柳田国男さんが書かれた『先祖の話』というものです。これは柳田さんの反戦の話なんです。つまり、戦没者の霊はどこへ行くのか。長男は実家の墓に入れますが、独身の次男とか弟は戦死したらどこに入ればいいのかということなのです。
「少なくとも国のために戦って死んだ若人だけは、何としてこれを仏徒のいう無縁ぼとけの列に、疎外しておくわけには行くまいと思う。もちろん国と府
県とには晴(はれ)の祭場があり、霊の鎮まるべき処はもうけられてあるが、一方には、家々の骨肉相依る情は無視することができない」と書かれています。柳田は、子孫をもうけることなく死んだ若者たちの養子を提案し、次男や弟たちを初代にした分家を出す計画をしてもいいと書いています。ここには、柳田が国家神道が作った靖国神社のようなところに行くはずはないという考えがあったと思われます。
映画の主人公の小山勲さんは奥さんと誠一という息子がいました。だから、きっとお墓はできていて、奥さんが亡くなってますから、誠一君がそのお墓に納骨しているでしょう。勲さんの骨は入っていませんけどね。
出征する間際にあわただしく結婚して、そのまま一生独身で戦争未亡人として戦後を生きた女性もいます。そういう場合は戦死をした相手の骨が無くても墓を作って供養をしていたのでしょう。そこへ霊が辿り着ければいいのですが。
戦没者の遺骨を収集しても、その遺骨がどなたの遺骨なのかが判明して、そのかたの故郷に眠る墓ができるのかどうかが、未だ戦後80年経ってもはっきりしないということですね。一銭五厘の赤紙で、国のために命を捧げても、戦死した後の保証が限られた人たちにしかされていないということも問題です。
この映画では出征してから戦地へ行くまでの流れが描かれています。宇品港からどこへ行くのか、兵士たちには知らされていません。着いてから初めてどこへ来たのかが分かるわけです。途中で輸送船が魚雷で沈められたら、そのままどこで死んだのかも分からない。そこをこの映画では描かれています。
谷口:ある兵隊の足跡を辿るにしても、いろいろな史料を合わせ、聞き書きなどしながら調べていきます。
親族を探されているかたがいたのですが、辿っていくのだけど分からないそうです。
うかい:この『神の島』という映画は、そういう日本の戦争というものへの理不尽極まりない部分を取り上げているのに感激しました。それは日本の国家を問うことに繋がっていきます。
谷口:やはり帰って来るということが重要なんです。ただ肉体的に無事に帰って来たとしても、魂だとか心を戦場に置いてきた人がたくさんいたと思います。戦後その人たちの心を癒すことをしてこなかったと思うんです。
また非戦闘員だった人たちも、どうしても戦争のことは言えなかったということがあって、言えば差別を受けるかもしれないということもあったでしょうし。ずっとそれを抱えながら生きてきた人がいるわけです。
軍人には軍人恩給が出たりしますが、心のケアまではしていなかったと思います。
軍属とか空襲を受けた人たちはなんら保証を受けずに生きていかなければならなかった。
心の部分をなおざりにしてきたが故に、いまの政府への不信感が孫の世代まで伝わってきているんじゃないかと思うんです。
うかい:日本の敗戦によって、いわゆるGHQによる占領政策でそうしたことが不問に付されてしまったのだと思います。
それに戦後の政界に戦犯の岸信介が君臨したということも大きな問題があったと考えていいでしょう。
谷口:戦史叢書という太平洋戦史があるのですが、防衛研究所が出しています。当時の生き残りの人たちだけで書いているんです。しかし下の位の兵隊の言葉が残っていないんです。しかも裏取りができないということです。それが第一資料として使われているんです。そこがちょっとおかしいなと思いますし、軍人恩給の仕組みも戦前の仕組みを持ってきて、生き残った階級の上の兵隊たちだけに渡されるように作っているんです。
うかい:戦後社会の国の仕組みは、戦前の官僚システムが残されて継続されているわけで、それも占領政策です。総力戦体制という日本の仕組みはいまでも継続されています。産官軍学が繋がって国家体制を作ってきたわけです。
この映画は、勲さんの霊が戦後の故郷へ戻ってから戦後80年を辿るように描かれている。そこがこうしたことを想起させるわけです。自分が戦死した後の日本はどうなったのかということですね。
勲さんは農民として田んぼを耕していたわけですが、奥さんは勲さんが出征してから借金を返す事ができずに農地を手放すわけですが、そこからは戦後の農政を意識してしまいます。
誠一君は養成工として造船の職工になりますが、この映画には船に纏わる事象が多く見受けられますね、それはどうしてですか。
谷口:戦争では7000隻の船が沈んでいるんです。いわゆる兵站の部分なんですが、食料がほとんど戦地に届かなかったんです。それから日本は造船のナンバーワンになるんです。その原点というのは、あれだけの船が沈没されてしまったということで、船員たちが悔しい思いを持っていたんです。船員たちは船に対してすごい思い入れがありまして、船が沈没すると敬礼して最期を見送るんです。船長は船と共に身命を賭すという覚悟ですから。
うかい:兵隊さんは輸送船で外地の戦地へ行くわけですが、外地へ着く前に沈められることが多かったんですね。
映画の『真空地帯』では、主人公の木谷(木村功)が沈められることを覚悟して輸送船に乗って、戦地へ行くところで終わりますね。
谷口:船が沈んで亡くなった人たちの遺骨収集ができないんです。陸の場合は続けられているのですが、海の場合は遺骨収集が続けられていないんです。船員の慰霊碑は一応観音崎にあるのですが、あまり知られていません。
日本は鎌倉時代の元寇のとき、神風(暴風雨)が吹いてモンゴル帝国の来襲から助かりました。その逆をやっちゃったんです。南方まで行くとのが大変だということをなぜもっと意識しなかったのか。
うかい:輸送船で食料が届かないばかりに、兵隊さんたちはどれだけ飢えに苦しんだかですね。島から島へ輸送船が行くとき、その時刻がいつも同じに出発して行くということを米軍は知っていて魚雷を発射するわけです。米軍には暗号が傍受されて、なにもかもお見通しですから。
日本の南方での戦争とはどんなものだったのか、この映画は非常にリアルに教えてくれますね。
谷口:民間人が相当亡くなっていますから。対馬丸は知られてきていますけれど。船で疎開するときに沈められたり。
うかい:この映画の最後に、勲さんと海岸で二人きりになった戦友がいますね。その人物は軍属の船員なんですね。
谷口:軍属というのは、軍隊では扱いが酷いものなんです。5等軍属という蔑視言葉がありまして、犬、鳩、馬、慰安婦、それよりも軍属は下なんだというのです。そのなかで軍属の船員たちがいるのですが、船員たちこそ大変なんです。なにも守るものもないまま船を動かして、戦地へ兵隊さんを届けなければならないのですから。それで、狙われて沈められてしまう。船で戦地へ行った人たちのなかで、船員の死亡者数が多いんです。国会でもそれが問題になって、船員の家族を保証すべきだということが取り上げられたんです。
うかい:勲さんと最後に語り合う軍属の船員とのやりとりが強烈に迫ってきます。
谷口:軍属はやはり兵隊には恨みを持っているんです。軍隊には見放されるんです。ジャングルで野垂れ死にした軍属がたくさんいるんです。
うかい:その軍属の戦友(吉田賢司)に、勲さんは銃で撃たれて死ぬことになりますね。
谷口:最終的に殺し合ってるわけです。日本人同士で殺し合ってるんです。なんか軍人同士が戦うときに下っ端同士の、例えば井上光晴さんの小説『地の群れ』では原爆部落の人たちと在日韓国人のたちが争う小説がありますけど、ほんとに下の下の人たちが一番残酷な部分、悲劇を背負わなければならなくなってしまうということを描きたかったんです。
神の島公式ホームページ:https://www.kaminoshima2025.com/
映画『神の島』を制作した谷口広樹さんにお話をお聞きしました①はこちらから
映画『神の島』を制作した谷口広樹さんにお話をお聞きしました②はこちらから