【新連載】フランス・カトリシスムとは何か(1)フランス・カトリックの「退潮」!?


竹下節子

【著者プロフィール】

パリ在住の比較文化史家。カトリック信徒。著書に『パリのマリア』(筑摩書房)、『「弱い夫」ヨセフ』(講談社)、『キリスト教入門』(講談社)など多数。『カトリック生活』誌に連載「カトリック・サプリ」を長い間連載した。

 

フランス・カトリックは「退潮」しているのか?

最初にお誘いをいただいたテーマは「退潮のフランス・カトリシスム」というものだった。意外な気がした。確かに、私が見てきたこの数十年でも、子どもをカテキズムに通わせる家庭は少なくなったし、教会での結婚も(どころか市役所での結婚も)減ったし、毎日曜のミサにあずかる人も減ったかもしれない。フランスでは幼児洗礼は20年で半減し、堅信は3分の1となったそうだ。

けれども、ここ3年間で成人洗礼は倍増している。2025年の復活祭には1万7800人の成人洗礼があり前年比45%増となった。11歳から17歳の洗礼も7400人と33%増、堅信者(幼児洗礼のみ受けていた)は9400人となった。ルルドで行われる若者の大会には1万3500人が出席した。

それだけではない。アメリカのシンクタンクによるとフランスでは、1人教会に入ると16人が離れるなどというデータが紹介されているが、プロテスタント文化の国であるアメリカからは想像がつかない一面がある。フランスは実は日本と似ているのだ。

 

実は似ているフランスと日本の宗教事情

宗教帰属についてのアンケートなどがあると、日本人の大半は「無宗教」と答えることがずいぶん前から知られている。明治以来の政策による「国家神道」で天皇を一神教化(神格化)した末に敗戦で「民主化」したこと、大都市に人口が集中する核家族化が広まったことなどが理由で、個人が自分の「宗教」や「信仰」を意識することが大幅に減ったからだ。

それでも、日本人のマジョリティが、子どもが生まれれば「お宮参り」に行き、家族が亡くなると僧侶を呼んで葬儀を営み、新年には初詣をして、合格祈願や安産祈願に絵馬を掛けることを平気でしている。そのことに対して「蒙昧」だと批判されることなどない。クリスマスやバレンタインデーも商業化されている。そこかしこにあるお寺や神社を見て手を合わせても特に宗旨を問われることもない。

実は、フランスもまったく同じなのだ。政治と一体だったカトリシスムは21世紀の「退潮」どころか、フランス革命によって表向きには「壊滅」した。その時代でも、庶民が普通に冠婚葬祭で神に祈っていた事実は変わらない。革命以来現れたのは「無宗教」や「無関心」ではなく「無神論」というイデオロギーだった。21世紀のフランスでカトリックに回帰する人が増えてきた理由のひとつは「無神論イデオロギー」が衰退してきたことなのだ。

 

文化・歴史の必須アイテムである宗教遺産

フランスが世界有数の観光立国であり、その目玉が各地にあるカテドラルやバシリカ、チャペル、カトリックの王侯貴族の城館であることは誰でも知っている。しかも、20世紀初めの政教分離(ライシテ)以前に存在する教会の建物はすべて国有化されていたり市町村に没収されたりしているから、原則として入場料もとられないので、高い拝観料を払わされる日本の有名寺社仏閣よりも敷居が低い。音響が優れているので各種コンサートも開かれるし、20世紀に建てられたモンマルトル(殉教者の丘)の白亜のサクレ・クール寺院周辺はアーティストが集まる。観光客ばかりでなく、カトリック信徒でないフランス人にとっても歴史や文化の必須のアイテムなのだ。

クリスマスや復活祭がバカンスやプレゼントの交換などで商業的に盛り上がるのはもちろん、国の祝日の多くはキリストの昇天、聖霊降臨、聖母被昇天、諸聖人の日などがそのまま残されているから、日本の祝祭日よりも宗教の記憶が刻まれている。

つまり、2019年春にパリのノートルダム大聖堂に火災が起きた時、多くの人が集まって祈ったり、修復のために寄付したりしたのは、それまで失われていた宗教心が突然よみがえったのではなくて、普通に文化・歴史のアイテムがアイデンティティに組み込まれていることの現れだということだ。

 

なぜフランスでカトリック受洗が増えているか

現在の成人洗礼増加は、イスラム系移民が増えたことの反動もあるだろうし、1997年に教皇ヨハネ・パウロ2世がパリで開催した世界青年の日(ワールド・ユース・デイ/WYD)で「目覚めた」世代が21世紀のフランス・カトリシスムの駆動力となったことも大きい。インターネットの発展も寄与している。2025年5月24日、「イエスの名の行進」という企画に多くの若者たちが集まった。これは1987年にイギリスではじまり、1991年にフランスでも始まり、2024年には3万人の若者たちが歩いた。カトリックだけでなくプロテスタントも福音派も、若者たちがSNSで集めるそれぞれの仲間の参加数を競い合うからだという。その高まりの中で、2024年、パリのミュエットで、突然視力を回復して眼鏡を捨てた若者がいたという「奇跡」のエピソードまで伝わっている。

では、「フランスのカトリシスムの退潮」と見なされるものの実態とは一体どんなものなのか、これから少しずつ見ていきたい。

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です