中村友希子
私にとって復活祭といえば、教会の庭で卵を見つけたときの高揚感を思い出す。と言うと不信心に思えて気恥ずかしくもあるが、そういう楽しみがあったから、子供でも聖週間の典礼に参加できていたと思う。
私の地元の教会では、復活の主日のミサ後に『エッグハント』を行っている。いつから始めたのか正確にはわからないが、両親によると少なくとも今から40~50年前には既に行っていたらしい。教会の庭に隠された卵を見つけるともらえる、だけでなく、その卵には番号が振ってあり、くじ引きのようにその番号に対応したお菓子ももらえるという仕組みだった。
私が小学生だった20年程前は、日曜学校は毎週活動し子供がたくさんいたし、復活の主日には特に子供が多くかった。日曜学校のメンバー、教会敷地内に事務所のあるボーイスカウトのメンバーたち、諸事情で大祝日のみ典礼参加する家族の子供たち、近所の子供たちなど40~50人は子どもがいたと思う。たくさんの子供が一斉に走り出して我先にと卵を探し回るイベントは、すごく盛り上がっていたことだろう。
残念ながら、私が中学生になるころには小学生がほとんどいなくなってしまった。しかしそのおかげというべきか、中学生になっても高校生になってもエッグハントができた。小学生の頃は一人一個という制限があったのに、いつしか一人で5個くらい探してきても余っていた。高校生になっても妹と嬉々として卵を探しに行き、二人であまりにも多くの卵を家に持ち帰り、母を困らせていた。
ミサの最後、お知らせの時間になると『エッグハント』のアナウンスがある。「ミサ後エッグハンティングがあります。小学生以下はどなたでも参加可能です。卵を見つけたらお菓子ももらえます。ミサ後聖堂前に集合してください」。これを聞くと毎年そわそわした。長いながい聖週間の典礼からやっと解放される時だった。この『エッグハント』があるから頑張って参加していた。“復活の喜び”が何かあの頃はわからなかったけれど、大人になった今も「ご復活おめでとうございます」と口にするとき、あの卵を見つけたときの喜びを思い出す。