無限の愛と赦し マタイ18章22節


佐藤真理子

あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。

(マタイによる福音書18章22節)

 

8月になると、祖母からよく聞いている戦争体験の話を思い出します。

祖母が子供の頃のことです。空襲に遭った際、逃げていた祖母は海岸にたどり着きました。すると一機の飛行機が低空飛行で祖母を追いかけてくるのです。その飛行機は子供である祖母をターゲットにして、逃げても逃げても自分を追ってきたのだそうです。

最終的に助かったからこそ、私も祖母からこの話を聞くことができたわけですが、祖母は90代になった今も繰り返し繰り返しこの話をします。この経験は祖母のトラウマとなっているのです。クリスチャンとなっても、祖母はずっと教会で外国語の歌を歌うことに心理的な抵抗を感じています。子供の頃に受けた戦争による心の傷が、生涯癒えないほどの深いものであることを思わせられます。

日本では、戦争体験者の証言が、いよいよ非常に貴重なものとなりつつあります。風化して過去の出来事となってしまわぬように、聞いたことを心にしっかりと刻み、他者へ伝えることは非常に大切なことだと思います。特に、唯一の被爆国の国民として、原爆について他国の方々や次世代に伝えることは、この国で育った人間の大切な使命だと思います。

日本での戦争は、80年ほど前の出来事ですが、私自身生まれてから、アフリカの内戦やイラク戦争など、世界のどこかで常に戦争が行われている状況が続いています。ロシアとウクライナの戦争も勃発してから2年以上の月日が経ちました。戦争が日常的な状況と捉えられつつある昨今の状態は、非常に危機なものだと思います。

武器産業など、戦争が定期的に起こらなければ立ち行かない業界が存在すること、また直接的に戦争に関わる産業だけでなく、戦争が起こることによって莫大な利益を得る領域がある仕組みが存在することに、戦争の根本的な原因があるのだと思います。

結局のところ、他人の痛みに無感覚な人間が生み出されることが、戦争の究極的な原因なのだろうと思います。ユネスコ憲章前文には、平和のためには人の心に平和の砦を築かねばならないと記されています。平和な心を持つことが、戦争放棄へとつながるのです。愛を知らない人が、愛とかけ離れた行動をします。神は愛です。キリストが根本的な平和の鍵なのです。

冒頭に話した私の祖母は、幼少期のトラウマから外国に対して複雑な思いを抱えています。しかし、そんな祖母も唯一大好きだった外国人がいます。それは、私と祖母に洗礼を授けてくれたスウェーデン人の宣教師です。既に亡くなった方ですが、日本で50年以上宣教し、日本で亡くなった牧師でした。その宣教師のお葬式の弔辞で、とても印象に残っている言葉があります。

ルールに縛られない自由な人だったが、唯一持っていたのが、「人は皆愛されるべきである。人は皆赦されるべきである。」というルールだった。

という言葉です。

本当にその通りの人で、キリストの似姿として生きようとした方でした。私たち一人一人も、同じルールのもとに生きることが、真の平和への第一歩だと思います。「人は皆愛されるべきである。人は皆赦されるべきである。」というたったこれだけの原則に忠実に生きることが、本物のキリスト者の生き方なのです。

このキリスト者として唯一最大の原則は、時としてただ礼拝やミサに出席することの何億倍も難しいことがあります。しかし、不可能を可能にするのが神の業です。赦す力も愛する力も、私たちは自分で成し遂げるのではありません。神から来る力によって、私たちは愛し許すことができます。

オランダの宣教師、コーリー・テン・ブームは、ユダヤ人をかくまい、戦時中強制収容所に入れられてしまいます。そこで、彼女の姉は殺されました。その姉を殺した役人に戦後再会し、許しを請われ、握手を求められた時のことを彼女は次のように語っていました。

私には無理だと思いました。ただ彼を憎むだけだったのです。しかしそのとき私は、「主よ、感謝します。私の赦せない思いよりも、あなたの愛のほうがもっと大きいからです。」という祈りをしました。まさにその瞬間私は自由になり「兄弟、手をこちらへ。」と言って、彼に手を差し出すことができたのです。

世界には目を背けたくなるような悲しい現実もあります。しかし、神様の愛はそれ以上にパワフルです。世界には多くのこのような、どんなに愛を示すのが難しい状況であっても愛を示すことのできた素晴らしいキリスト者たちがいるのです。そして、愛は人の心を溶かすのです。

天の国には国境はありません。私たちは、世の光として、身近な人に愛を示すことで、戦いに抵抗を示しましょう。

「人は皆愛されるべきである。人は皆赦されるべきである。」この原則こそが真理だからです。

 

佐藤真理子(さとう・まりこ)
東洋福音教団所属。
上智大学神学部卒、上智大学大学院神学研究科修了、東京基督教大学大学院神学研究科修了。
ホームページ:Faith Hope Love

 


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