石川雄一(教会史家)
前回の「酒は皆さんとともに」では「ゴッドファーザー」というカクテルを紹介しました。このカクテルの名前は映画『ゴッドファーザー』から取られていることを説明しましたが、今回はその映画の生みの親であるフランシス・フォード・コッポラ監督が手掛けるワインを紹介します。
イタリア系アメリカ人のフランシス・フォード・コッポラは、1939年に音楽家のカーマイン・コッポラの子として生まれました。『ゴッドファーザー PART II』で息子のために作曲し、アカデミー賞を受賞することとなるカーマインさんから映画業界におけるコッポラ家の伝説は始まります。というのも彼の子孫からは、フランシス・フォード以外にも多くの映画人、しかもアカデミー賞を受賞するような実力のある人々が次々と登場するのです。その代表的な人物は、カーマインの孫でフランシス・フォードの甥にあたるニコラス・ケイジでしょう。アカデミー賞など数々の賞に輝く唯一無二の鬼才ニコラス・ケイジの本名はニコラス・キム・コッポラです。また、『ロッキー』シリーズのエイドリアン役でアカデミー賞にノミネートされたタリア・シャイア(本名はタリア・ローズ・コッポラ)はフランシス・フォードの妹ですし、その子ジェイソン・シュワルツマンもハリウッドで活躍しています。また、フランシス・フォードの娘ソフィア・コッポラも数多の賞を受賞している監督であり、その兄ロマンも映画プロデューサーとして活動しています。
アメリカ映画界における名門ともいえるコッポラ家は、イタリアにルーツを有していることも関係し、カトリックの洗礼を受けている人が少なくありません。フランシス・フォードもカトリック者として育てられた一人ですが、成長したのちに教会を離れたと公言しています。それでも『ゴッドファーザー』に代表されるように、彼の作品にはキリスト教的なテーマやイメージが度々登場します。例えば、『地獄の黙示録』(Apocalypse Now)などは題名にキリスト教の用語が含まれています。
そんなフランシス・フォード・コッポラは、映画に負けず劣らずワインに情熱を注いできた男です。1972年の『ゴッドファーザー』で大成功して資金を得たフランシス・フォードは、1975年にカリフォルニアの伝説的なワイナリー「イングルヌック」を購入しました。ヨーロッパに負けないくらい美味しいワインを造ろうとして1879年に創設された「イングルヌック」は、カリフォルニア・ワインの先駆的ワイナリーでした。カリフォルニア・ワインは、今日でこそ評価が高く、日本でも人気がありますが、19世紀には全く評価されていませんでした。それを世界に知らしめたのが「イングルヌック」だったのです。1899年にはパリ万博で銀賞を受賞し、1999年には「20世紀で最も偉大な12本のワイン」の一本に選ばれています。ですが、「イングルヌック」は様々な事情により衰退し、ワイナリーも荒廃していきました。そんな危機的状況に手を差し伸べたのが、フランシス・フォード・コッポラだったのです。
アメリカ合衆国の歴史の一部である「イングルヌック」を守るためワイン事業に手を出したフランシス・フォードは、ワイナリーの復興に寄与しただけでなく、より環境に優しい醸造方を導入することで21世紀にふさわしいワインとして「イングルヌック」を甦らせました。ワイン事業でも成功したフランシス・フォードはその規模を拡大させていきましたが、2020年代に入ってその一部を売却し、再びメガホンを握る決意を固めました。アメリカの伝説的ワインを甦らせたアメリカの伝説的映画監督フランシス・フォード・コッポラの10年以上ぶりの新作Megalopolisは2024年に公開予定です。