大いなる不在


介護離職など、介護問題が大きな話題になっている中、親が認知症になるということは、介護する側の子どもたちに大きな負担になります。それは、経験しなければわからないほど、さまざまな問題が日々迫ってくる経験です。そして、次は自分という現実も迫ってきます。親の認知症というのは、今まで見ていた親の人格が壊れていくことですが、実際にそれに直面した時、どう対処したらいいのか、自分の知らない親の顔が見えてくることでもあります。

閑静な住宅街に突如、機動隊が出現します。彼らが「遠山」という表札の一軒家に踏み込もうとしたまさにその時、玄関のドアが開き一人の男が姿を現します。

俳優の遠山卓(森山未來)は、その日参加していたある劇団のワークショップを終えると、緊急の電話が入っていました。幼い頃に卓と母を捨てた父の陽二(藤竜也)が、警察に捕まったというのです。かつて大学教授だった父は重度の認知症を患っていて、今は役所が斡旋した施設に保護されているといいます。妻の夕希(真木よう子)と共に、父の住む北九州に降り立ち、卓は施設に向かいます。職員から食べ物のアレルギーや延命治療の可否について質問されますが、父と離れて30年近くになる卓に答えられることは何もありませんでした。

父の家に行くと、室内は荒れ果て、「カギを閉めること」など物忘れへの注意書きがあちこちに貼られ、日記代わりのようなメモも散乱しています。

何より驚いたのは、一緒に暮らしていたはずの再婚相手の直美(原日出子)が、携帯電話を家に置いたまま忽然と姿を消していたことです。

目の前のテーブルで、父と直美と食事をした日のことを卓は思い出します。年前、25年ぶりに自分から父に連絡をして会いに行きました。研究者として生きてきた父は何に対しても独自の理論があり、愛想やお世辞は一切持ち合わせず、卓の何気ない発言にも容赦なく論破してきました。そんな父が本当はいかに別れた息子を思っているかを、直美がそっと教えてくれたのです。

施設に戻り、手続きの書類を提出すると、職員からロビーでなら父と会えると卓と夕希は言われます。二人の前に現れた父は、スーツ姿でハキハキと挨拶し、とても認知症には見えません。安心したのも束の間、会話を始めると、自分は拉致され監禁されたと思い込んでいることに唖然とします。何もかも別人のようになった父を知ることになります。

職員から渡された、「お父様がずっと大事に持ってらしたカバン」の中身を卓は、ホテルであらためます。鍵束や本、写真に混じって、なぜか直美の日記帳が入っていました。中に貼られた父から直美への古い手紙は、父が語っていた直美との再婚のいきさつが嘘だったことを裏付けていました。

翌日、再び独りで父の家に卓が向かうと、宅配サービスの配達員が、父の昼食を届けに来ます。が契約をキャンセルしようとすると、申込者は父でも直美でもなく、全く知らない女性の名前でした。さらに、直美の前夫との間の息子が訪ねて来て、母は今年の初めから入院していると説明し、耳を疑う相談を持ち掛けてきます。一方で、父の大学の教え子からは、1週間ほど前に父の家に電話をかけて直美と話したと、全く異なる話を告げられます。

いったい父と直美に何があったのか? 卓は大量のメモや父の手紙、生活の痕跡を頼りに、特殊部隊が踏み込む直前までの父の人生を辿り始めます。

サスペンス仕立てで、父と妻の直美の軌跡を追っていく卓ですが、そこには息子の知らない父の顔があります。そして、壊れていく父・陽二と直美の間になにが起きていくのかそこにはなんとも悲哀に満ちたものが描かれています。老いるとはどういうことなのか、そして人生の終末を迎える姿がそこには描かれています。

中村恵里香(ライター)

712日(金) テアトル新宿、TOHOシネマズ シャンテ他 全国順次公開

公式ホームページ:https://gaga.ne.jp/greatabsence/

スタッフ:監督・脚本:近浦啓/共同脚本・監督補:熊野桂太・撮影監督:山崎裕/美術:中村三五/録音:森英司、弥栄裕樹

キャスト:森山未來、真木よう子、原日出子、 藤竜也

2023年/日本/カラー/133分/製作・制作プロダクション:クレイテプス/配給:ギャガ/©2023 クレイテプス

https://youtu.be/CaBOjgcgWPA


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