バティモン5 望まれざる者


 フランスといえば、「自由、平等、博愛」の国で、日本人が一度は行ってみたいと考えるところといったイメージが強いのですが、一方で、移民国家のだといわれています。移民を受け入れる国だから移民に優しい国なのだろうと思っていた私には、すごく衝撃的な映画が今、公開されています。

 タイトルの「バティモン5」とは、パリ郊外の移民家族が多く住むエリアの、かなり古い団地の建物が立ち並ぶ公営団地群の5号棟です。

 この団地のとある一室は、女性たちがすすり泣き、棺を取り囲み、悲しみに包まれています。棺は男たちによって運ばれ、薄暗く狭い共用階段は、スマホの光だけが頼りという状況で、慎重に降りていきます。塗装の剥がれた壁に密着しながらなんとか棺は外へと運び出されていくのです。建物の前に停められている車の中へゆっくり納まりました。最期の別れを惜しみ、一同に見送られながら、車は出発していきます。

 一方、老朽化した団地を取り壊して新しい街へと作り替えようと、団地建物の爆破解体が行われていました。盛大に崩れ、見学者に土煙が押し寄せてきます。

 しかし、セレモニーとして爆破スイッチを押した市長は、急に倒れて意識を失ってしまいました。慌てて応急処置が行われ、救急車内では蘇生が試みられますが、帰らぬ人となってしまいます。

 前任者の急逝により、速やかに臨時市長を決定しようと動き出します。こうして白羽の矢が立ったのがピエール・フォルジュ(アレクシス・ディアウ)でした。喫緊の課題は当然のようにあの団地です。プロジェクトを中断するわけにはいきません。パリの都市計画の最重要事項です。ピエールの手腕が真っ先に問われます。無能と評されたくないピエールは、徹底してこの計画を強行することにします。

 ところかわってケアスタッフとして団地居住の移民たちに寄り添ってきたアビー(アンタ・ディアウ)は、葬儀にも参加したり、常にこのコミュニティの中で献身的に頑張ってきました。それでも、強引な団地再開発に住民の怒りは爆発寸前であり、現場側で反発を抑えるのは限界でした。

 アビーはピエール市長に直談判しに行きますが、ピエールの方針は変わらず、ほぼ相手にされません。

 団地住民の行政への不信感はピークに達しており、夜に市長の運転

する車の前にタイヤを転がして妨害したり、車に落書きしたり、嫌がらせも日常茶飯事となっていきます。

 日中には行政側と一触即発となり、比較的穏健だった住民側のブラズ(アリストート・ルインドゥラ)はなんとかなだめようとしますが、盾と警棒で武装した警察隊が遠慮なしに暴力を振るっていき、現場は騒然。もうそこには理性も法順守もありません。

 その場にいたアビーは、今までの自分の努力は一体何だったのか、ショックで立ち尽くします。そして、アビーの中でも失望は怒りに変わります。

 さらに事態は悪化していくことになっていくのですが、つづきは観てのお楽しみです。

 ラジ・リ監督は実際にバティモン5に住んでいた体験からこの作品を作り出したといいます。行政の理不尽さの中にフランス社会に現存する問題への力強いメッセージが含まれています。観る者が苛烈な現実に押しつぶされそうになっていく住民たちの感情を追体験せざるを得ないような状況に追い込まれていきます。そこに一つの光ととして映るのがアビーですが、ラジ・リ監督は、「暴力の中に解決策はない」と私たちに語りかけているように思います。ぜひ映画館に足を運び、圧倒的な映像をご覧ください。

中村恵里香(ライター)

2024年5月24日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー

公式ホームページ:https://block5-movie.com/

STAFF

監督:ラジ・リ /脚本:ラジ・リ、ジョルダーノ・ゲデルリー二 /プロデューサー:トゥフィク・アヤディ、 クリストフ・バラル /撮影監督:ジュリアン・プパール /編集:フローラ・ヴォルピエール /音楽:ピンク・ノイズ

出演:アンタ・ディアウ、アレクシス・マネンティ、アリストート・ルインドゥラ、 スティーヴ・ティアンチュー、オレリア・プティ、ジャンヌ・バリバール

2023年/フランス・ベルギー/105分/仏語・英語・亜語/原題:『Bâtiment 5』/配給:STAR CHANNEL MOVIES © SRAB FILMS - LYLY FILMS - FRANCE 2 CINÉMA - PANACHE PRODUCTIONS - LA COMPAGNIE CINÉMATOGRAPHIQUE – 2023


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