石川雄一 (教会史家)
修道院とビールというと、以前紹介したこともある「シメイ」に代表されるようなベルギーのベネディクト会系のビールがすぐに思い浮かびます。ですが、ベルギー以外の国やベネディクト会系以外の修道会に起源を有するビールも少なくありません。修道院はヨーロッパのお酒文化の発展に大きく寄与したからです。今回はそんな修道院とゆかりのあるビールの内、ドイツのフランシスコ会と関係があると思われる「フランツィスカーナー」を紹介します。
ドイツ語でフランシスコ会士を意味する「フランツィスカーナー」は、その名の通り、また、ラベルに書かれた茶色の僧服を着た修道士の姿からも、容易にフランシスコ会とのつながりを想像することができます。しかし、現在でも修道院で造られている修道院ビールとは異なり、「フランツィスカーナー」は世俗の会社であるシュパーテン社により醸造・販売されています。なお、このシュパーテン社は、先月紹介した「オプティメーター」を醸造・販売している会社でもあります。
「フランツィスカーナー」の歴史は、ミュンヘンのフランシスコ会修道院の近くでビール醸造が行われていたという記録が残されている14世紀にまで遡ります。同じく14世紀にまで遡れる老舗醸造所であるシュパーテン社は、19世紀初頭、ガブリエル・ゼドルマイヤーにより買収されました。現代ビールの父とも呼べる醸造家ガブリエル・ゼドルマイヤー氏により、シュパーテン社はバイエルンを代表するような醸造所に成長します。そして、そのガブリエルの子であるヨーゼフ・ゼドマイヤー氏が、フランシスコ会近くの醸造所を買い取ります。こうしてシュパーテン社が「フランツィスカーナー」を製造・販売するようになったのです。
このように「フランツィスカーナー」は、歴史のあるビールの銘柄ですが、実はフランシスコ会との関係はあまり深くありませんでした。ですが、20世紀にシュパーテン社が展開したイメージ戦略の結果、「フランツィスカーナー」はフランシスコ会と関係があるように思われるブランドとなっていきました。また、1960年代からは小麦を使ったいわゆる白ビール人気にあやかり、「フランツィスカーナー」はドイツを代表する白ビールとなりました。「ヒューガルデン・ホワイト」を紹介した際に述べたように、1960年代に復興された白ビールの起源は修道院にあったため、修道会との関係性をブランド戦略に組み込んでいた「フランツィスカーナー」が白ビールに特化するのは、ある意味で当然のことでした。
「フランツィスカーナー」の歴史を振り返ってみると、フランシスコ会との関係は、史実を繁栄しているというよりも、むしろ商業主義的に作り出されたものであることが分かります。それでもドイツを代表する白ビールである「フランツィスカーナー」の品質は確かなものであることに変わりはありません。