『海のアルメニア商人 アジア離散交易の歴史』


『海のアルメニア商人 アジア離散交易の歴史』
重松伸司著、 集英社新書、2023年、1050円+税、本文208頁、

 

古代には自分たちの国がありながらも、大国の侵略を受けて離散ディアスポラを強いられ、何度も民族浄化の対象となった交易の民がいます。独自の信仰を有するこの民族は、拡大する英国と手を結んで世界貿易に乗り出しますが、大戦時には悲惨なジェノサイドを経験し、20世紀になって祖国の回復を果たしました。この説明を聞いた多くの人は、ユダヤ人を連想することでしょう。ですが、このような歴史を経験したのはユダヤ人だけではありませんでした。今回紹介する『海のアルメニア商人 アジア離散交易の歴史』で扱われるアルメニア人も、また、上記のような歴史を歩んできたのです。

今日のアルメニアは、以前、AMORで特集を組んだジョージアの隣国ですが、かつてはトルコやシリアを含む広大な地域を領有していました。ですが、ビザンツ帝国やイスラーム勢力といった強大な国々の圧力を受けたアルメニア人は、独立を失い、離散を強いられることとなりました。

アルメニア人は、ビザンツ帝国では自治領を与えられ、軍事や政治の世界で活躍し、その子孫の中からは皇帝すら輩出することとなります。他方、イスラーム系のサファヴィー朝ペルシアでは、新ジュルファを拠点に「絹の道」シルクロードなどで稼ぐ商人が数多く現れます。17世紀頃までに戦乱の影響で陸上貿易が衰退すると、彼ら陸のアルメニア商人たちは、海のアルメニア商人としてアジア各地で活躍するようになります。そんな近代の海のアルメニア商人に焦点を当てた本が『海のアルメニア商人』です。

著者の重松伸司は、主にインドにおけるアルメニア商人の活動を現地で調査している研究者ですが、本書の対象はインドのみならず、マレーシアや日本にまで及びます。シンガポールにおける商家であるホヴァキム家や日本におけるアプカー商会といった具体的な家族史をたどることで、近代アジアで活躍したアルメニア商人の歴史が鮮やかに描かれます。特に、アプカー商会は日本で交易していたこともあり、服飾の西洋化や関東大震災といった20世紀初頭の日本史との関りも紹介されるため、親近感を覚えるのではないでしょうか。

日本ではなじみの薄いアルメニア人ですが、彼らは西洋のみならず東洋でも活躍し、世界の歴史に名を残してきました。そんな彼らの内の一部が日本でも活動しており、横浜や神戸の外国人墓地に眠っていることを知っている人は、さらに少ないのではないでしょうか。『海のアルメニア商人』は、あまり知られていないアルメニア人の歴史の一端を、実地調査を含めた本格的な研究を踏まえながらも、一般の読者にも分かりやすく伝えてくれます。

石川雄一(教会史家)


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