石川雄一(教会史家)
「とりあえずビール」が主流だった日本でも、ここ最近は色々な種類のビールを楽しめるようになりました。コンビニでも様々なクラフトビールや輸入ビールを買えるようになり、ラガー以外のビールも“市民権”を得るようになってきました。中でも、小麦を使用した白ビールは、その甘い香りや味から、普段ビールを飲まない人からも支持を集めています。
ところで、白ビールとは何でしょうか。真っ黒な黒ビールと違い、白ビールは真っ白なわけではありません。そもそも、日本語で白ビールと呼ばれているビールは、主にベルギー式のヴィットとドイツ式のヴァイツェンに分けられ、それぞれが異なった製法で醸造されています。今回はそんな白ビールの歴史を学ぶため、ヴィットを代表する銘柄である「ヒューガルデン」(フーハールデン)を紹介します。
「ヒューガルデン」の公式サイトによると、このビールの歴史は15世紀半ばにまで遡ることができるようです。曰く、1445年、ヒューガルデン村で修道士たちが、酸味が強かったビールにオレンジピール(乾燥させたオレンジの皮)やコリアンダーシード(パクチーの種)を入れたのが、「ヒューガルデン」の始まりだそうです。ちなみに、「ヒューガルデン」は英語風の発音であり、現地で話されているフラマン語ではフーハールデンですが、本記事では日本での商品名に合わせてヒューガルデンとします。また、「ヒューガルデン」が誕生したヒューガルデン村は、中世を通じてリエージュ司教が領有する土地であったため、「ヒューガルデン」のロゴマークには司教杖が描かれているのです。
オレンジピールとコリアンダーシードで酸味を和らげて独特の風味を生み出したヒューガルデン村のビールは、その後も改良を続けられ、村の特産品となっていきました。1726年には、36の醸造所と110のモルトハウスがあったそうです。ですが、その世紀末に勃発したフランス大革命の影響によりリエージュ司教領は解体され、ヒューガルデン村のビール産業は打撃を受けました。ヒューガルデン村のビールは徐々に衰退していき、そしてついに1957年には村最後の醸造所が閉鎖されてしまいました。
このような状況の中、500年以上続いた故郷の伝統が途絶えてしまうことに危機感を覚えた一人の男が立ち上がりました。彼の名はピエール・セリス、ヒューガルデン村出身の牛乳屋で、かつて醸造所で働いていた人物です。1965年、ピエール・セリスさんはヒューガルデン村の特産白ビールを蘇らせ、「ヒューガルデン・ホワイト」(フーハールデン・ヴィット)の人気は急速に拡大していきました。ヒューガルデン村の伝統を守っただけでなく、白ビールの人気を世界に広めたピエール・セリスさんは、それゆえ、「ホワイトビールの生みの親」とも呼ばれています。
現在、ベルギーで飲まれている白ビールのなんと9割が「ヒューガルデン」であると言われています。中世の司教領で修道士により発明され、500年以上の歴史がありながらも一時は断絶の危機を迎え、その後、一人の熱意ある人物により世界的な白ビールとなった「ヒューガルデン」から白ビールの世界に足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。