『ヘボン伝 和英辞典・聖書翻訳・西洋医学の父』
岡部一興著、 有隣堂、 1,320円(税込)
2023年8月25日、新書判 ・ 本文224頁、
ひらがな、カタカナ、そして漢字を用いる日本語をアルファベットで表記する際、ローマ字が用いられるのが一般的です。ローマ字表記法には複数の種類があるのですが、最も一般的なのはヘボン式ローマ字でしょう。ところで、学校などでヘボン式という言葉は聞いたことがあっても、その考案者であるヘボンについて知っている人は多くないのではないでしょうか。今回は、そんなヘボンの生涯と業績について学ぶことができる評伝『ヘボン伝――和平辞典・聖書翻訳・西洋医学の父』を紹介します。
ヘボン式ローマ字で知られるジェームス・カーティス・ヘップバーン、通称ヘボンは、江戸時代から明治時代の日本で活躍した宣教医でした。彼の姓は、女優のオードリー・ヘップバーンと同じHepburnなのですが、明治時代の人たちには「ヘボン」と聞こえたらしく、今日までヘボンの名で呼ばれ続けています。
1815年、アメリカ合衆国ペンシルヴェニア州に生まれたヘボンは、大学で医学を学んで博士号まで取得し、医師という仕事を通じて神の栄光を顕そうとしました。医師のいない国で医療に従事することを通じた伝道を志したヘボンは、妻クララと共に東アジアに向かいました。1843年からアヘン戦争後の中国で宣教医として働いていたヘボンでしたが、マラリアの流行により帰国を強いられてしまいます。
1854年、日米和親条約が結ばれて日本が開国を始めると、欧米列強の伝道師が次々と日本へ派遣されていきました。アジア伝道の望みを捨てていなかったヘボンも、日本で宣教医として働くことを希望し、1859年に来日が実現します。ですが、日本が開国して明治時代が始まっても禁教令が撤回されていない日本では、公に伝道することはかないませんでした。この時期に医療と日本語の勉強、そして日本人への英語教育に専念したヘボンの努力は、ヘボン式ローマ字や和英辞典という形で結実し、また、密かに洗礼を受ける者も続出しました。ヘボン夫妻が英語や医学を教えたヘボン塾は、明治学院大学やフェリス女学院として発展することとなります。また、ヘボン塾は多くの優秀な人材を輩出しました。そのうちの一人である高橋是清は、後に暗殺された原敬を継いで総理大臣にまで出世します。
1874年の高札廃止後、1892年の帰国と1911年の死に至るまで、ヘボンは聖書の日本語訳や指路教会の設立寄与などを通じて、横浜プロテスタント史に限られない日本キリスト教史に大きな足跡を残しました。『ヘボン伝』は、そんなヘボンの生涯を、江戸から明治にかけての日本キリスト教史と共に手軽に学ぶことができる一冊です。
石川雄一(教会史家)