生(しょう)の始めに暗く 死の終わりに昏(くら)し


伊藤 一子(レクレ-ション介護士、絵本セラピスト)

 

8月は、死者が身近に感じられる時期です。旧盆には、祖霊が家に帰ります。また、この世に怨念を持った死者が現世に現れる怪談がよく語られます。生死を思うこの時期に、私がよく手にする絵本があります。『100万回生きたねこ』(佐野洋子 作・絵、講談社)です。

100万回生きた猫は、100万回死んだ猫です。100万人がその猫をかわいがり、その猫が死んだときに泣きました。ある時は、王様の猫、サーカスの手品使いの猫、泥棒の猫、孤独のおばあさんの猫、小さな女の子の猫として生まれ変わります。猫は、どの飼い主も嫌いで、死ぬのは平気でした。

100万回死んだ猫は、誰のものでもない野良猫として生まれ変わり、初めて自分が大好きになりました。野良猫は、1匹の白い猫に会い、惹かれました。「俺は100万回も死んだんだぜ。」と虚勢を張りますが、白猫は「そう。」と言うのみでした。野良猫は虚勢を張るのをやめ、素直にそばにいたいと言うと、白猫は「ええ。」と受け入れます。やがて、たくさんの子猫が生まれ、成長し巣立っていきます。野良猫はずっと白猫と一緒で、幸せでした。ある日、白猫は野良猫のとなりで動かなくなってしまいました。亡くなった白猫を抱いて、100万回も泣きました、泣き止んだ時に、野良猫は動かなくなり、もう二度と生き返りませんでした。

この絵本は、様々な読みかたができる絵本です。よき伴侶を求める人には、白猫への愛にあふれた野良猫の姿は理想かもしれません。また、自分勝手なかわいがり方しかできない飼い主たち。虚勢を張る野良猫にこびへつらう多くの雌猫たち。「そう。」「ええ。」と少ない言葉しか語らないが、野良猫を受け入れともに過ごした白猫。白猫に会い、自分を愛し、他者を深く愛することを知った野良猫。様々な愛の形が見える絵本です。

また、100万回生き100万回死んだ猫が、最後にもう生き返らなくなることから、無限の輪廻転生とそこから解き離れる物語とも読み取ることもできます。白猫に会うまでの猫は、生きて死ぬという輪廻を繰り返しています。ある時、飼い主のない野良猫に生まれることで、自分で自分を愛することを知りました。家庭を持ち、他者を愛することを知り、幸せで満ち足りた一生を過ごします。亡き妻を悲しむことで、輪廻を超えられたのかもしれません。

いつ病み衰えて死んでいくかもしれない不安のあるシニアにとって、この絵本は死について考える契機になると思います。

「生まれ生まれ生まれ生まれて生しょうの始めに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに昏くらし」

という空海の言葉が、この絵本を読むと、実感を持って聞こえてきます。生死の繰り返しの中、どこから来て、どこへ行くのかは闇の中です。輪廻転生を信じるか信じないかは別として、今生きているこの人生を満ち足りたものにするためには、どのように過ごしていけばよいのでしょうか? 100万回生きた猫の最後の一生に、ヒントがあるかもしれません。

  底紅の紅もたたみて散りにけり


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