石川雄一(教会史家)
「夏はビールが美味しい季節だ」という言葉をよく聞きます。確かに、キンキンに冷やした日本の大手銘柄のビールは、夏に清涼感をもたらしてくれます。ですが、世界には、あまり冷やさずに飲む英国のエールやドイツのボックなど、涼しい季節に飲みたくなるスタイルのビールもあります。そんなビールを数多く醸造するベルギーから、今回は「シメイ」を紹介します。
ビール大国ベルギーでは様々な種類のビールが醸造されていますが、中でも有名なのは、修道院で造られていたビールに由来する「アビービール」でしょう。そんな「アビービール」の中でも、特にトラピスト修道院で造られるビールを「トラピストビール」といいます。祈りと労働を通じて神に奉仕するトラピスト修道院は、日本でも北海道などにもあり、そこで作られたバターやクッキーは定番のお土産になっています。そんなトラピストは、正式名称を厳律シトー会といいます。11世紀にベネディクト会を改革する形で誕生したシトー会は、その後の歴史の中で風紀が緩んでしまいましたが、17世紀にラ・トラップ修道院を中心として厳格派が登場します。このラ・トラップ修道院の流れを汲むのが、「トラップの者」を意味するトラピスト、すなわち厳律シトー会です。
フランスやイタリアと異なりブドウ栽培に適していないベルギーでは、中世、ワインの代わりにビールを醸造して、当時危険だった水の代わりに飲んだり、巡礼者に供したりしていました。当初は修道院内で飲まれることを目的としていた「トラピストビール」ですが、19世紀以降は修道院以外の人々にも味わってもらうために生産量を増やしていきました。1997年には、「トラピストビール」のブランドを保護するための協会が設立され、①修道士により醸造、もしくは監督されていること、②修道院の敷地で醸造していること、③売り上げは修道院の維持費と慈善活動に充てること、という三原則に従ったビールのみが「トラピストビール」を名乗れるようになりました。このように、商業主義の波に飲み込まれずに、伝統と信念に従って醸造される「トラピストビール」の内、日本で最も流通しているのが、おそらく「シメイ」だと思われます。
1850年に建てられたスクールモン修道院は、1862年から「シメイ」ビールを、1876年からはチーズを生産してきました。今では品揃えも豊富になり、古くからある赤ラベル、苦みの特徴的な白ラベル、ワインのような奥深さのある青ラベル、飲みやすい金ラベル、150周年を記念して2012年に誕生した緑ラベルなど、様々な種類のビールを楽しむことができます。また、環境や地域、雇用のことも考えられたエシカルなビールである「シメイ」は、売上が修道院の運営と慈善事業に用いられる点でも、キリスト教的な経済活動の一つのモデルといえるのではないでしょうか。暑い夏にゴクゴクと冷たいビールを消費的に飲むのもいいですが、「シメイ」のようなゆっくりと味わうビールもぜひお試しあれ。