酒は皆さんとともに

シャルトリューズ


ベネディクト会、フランシスコ会、ドミニコ会、イエズス会など、カトリック教会には様々な修道会があります。そんな修道会の一つ、カルトジオ会(Ordo Cartusiensis)をご存知でしょうか。2014年に日本でも公開された映画『大いなる沈黙へ グランド・シャルトルーズ修道院』で知ったという方もいらっしゃるかもしれません。今回はそのカルトジオ会の修道士が作るリキュール「シャルトリューズ」を紹介します。

ケルンの聖ブルーノ(Bruno/1030〜1101)がカルトジオ会を創設したのは1084年のことです。フランスのランスの神学校で教えていたブルーノ神父は、当時の大司教の汚職を告発したために仕事を奪われてしまいます。人里を離れてシャルトリューズ山系の奥地へ逃れたブルーノは、そこで修道院を創設しました。こうして始まったカルトジオ会は、俗世から隔絶された自給自足の生活を送るようになり、薬草や薬学の知識を深めていきます。

そんな彼らは聖王ルイ9(Louis IX/1214〜1270)から、現在リュクサンブール宮の位置しているパリ郊外の土地を与えられました。

時代は移り17世紀、デストレ公フランソワ=アンニバル(François-Annibal d'Estrées/1573〜1670)は、「長寿の秘薬」の調合をパリのカルトジオ会士に依頼しました。そしてこの「長寿の秘薬」こそ、「シャルトリューズ」の元となったレシピだといわれています。「シャルトリューズ」のことを「フランスの養命酒」と形容する人がいますが、その例えは歴史的に正しいのです。なお、その薬のおかげかどうかは不明ですが、デストレ公は100歳近くの長寿を全うしました。

18世紀には「長寿の秘薬」はグランド・シャルトルーズ修道院でも製造されるようにな

シャルトリューズ・ヴェール

シャルトリューズ・ジョーヌ

り、徐々に販売もされ始めました。ですが、18世紀末にフランス革命が勃発すると、プーランク(Francis Poulenc/1899-1963)のオペラ《カルメル派修道女の対話》Dialogues des Carmélites/1957)で描かれたように、修道院や教会は弾圧されてしまいます。カルトジオ会も例外ではなく、修道士たちは逮捕されたり、追放の憂き目にあったりしました。彼らが修道院に戻ることができるには、ルイ18(Louis XVIII/1755〜1824)が王政を復古した後の1816年を待たなければなりません。そして革命の嵐がある程度沈静化した1838年、現在の「シャルトリューズ」の原型となる「シャルトリューズ・ジョーヌ()(Chartreuse Jaune)が誕生しました。さらに、年後の1840年には「シャルトリューズ・ヴェール(Chartreuse Verte)が生み出されました。この黄色と緑のラインナップは現在まで続いています。

この二種の「シャルトリューズ」が誕生し、フランス国内外で販売されると、直ちに盛況を博します。その人気に乗じて模造品も作られるようになったため、グランド・シャルトルーズ修道院は、正規品を示すカルトジオ会の象徴が描かれたボトルとデザインを採用しました。今日でも「シャルトリューズ」の瓶とラベルには、カルトジオ会のマークと当時の院長であったルイ・ガルニエ(L. Garnier)の署名が書かれています。

さて、「シャルトリューズ」が大ヒットしたためカルトジオ会の収入は激増しましたが、彼らの祈りの生活は酒造に追われるようになってしまいました。そこで「シャルトリューズ」の醸造拠点を修道院から移すことで、カルトジオ会士たちは沈黙の生活を取り戻すことにしたのです。

20世紀に入ると、エミール・コンブ(Émile Combes/1835-1921)首相のもとで激しい教会弾圧が再開されます。1903年、カルトジオ会士は再びグランド・シャルトルーズ修道院を追われることとなります。彼らは拠点をスペインへ移しますが、スペイン内戦の勃発により修道院は1938年に爆撃されてしまいます。また、政府による弾圧が収まってフランスに修道士たちが戻ってきた後の1935年、地滑りにより修道院が被害を受けるなど、20世紀前半はカルトジオ会にとって苦難の時期でした。

それでも、スコット・フィッツジェラルド(Scott Fitzgerald/1896〜1940)の小説『グレート・ギャツビー』The Great Gatsby/1925)やヒッチコック(Alfred Hitchcock/1899〜1980)の映画『バルカン超特急』The Lady Vanishes/1938)など大衆文化に登場した「シャルトリューズ」は、新大陸アメリカでも市民権を獲得するようになります。また、「シャルトリューズ」を使ったカクテルが好評を博するなど、「シャルトリューズ」は様々な困難を乗り越えて、21世紀でも愛されるリキュールであり続けます。

なお、「シャルトリューズ」の製法はトップシークレットであり、現在では3人のカルトジオ会士にしか知らされていないといいます。ちなみに、飛行機事故で秘密の製法が途絶えないために、彼らは同じ飛行機には乗らないそうです。

1000年以上の歴史がある修道会が、400年以上も作り続けてきた極秘のお酒「シャルトリューズ」。薬草の香り豊かな「シャルトリューズ・ヴェール」と品のある甘みを楽しめる「シャルトリューズ・ジョーヌ()」、そのどちらも魅力的な味わいですので、ぜひお試しになってください。

石川雄一(教会史家)


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

three × 1 =