リープフラウミルヒ


教会はクリスマスにイエス様の誕生をお祝いします。ルカ福音書章はイエス様の誕生について証言していますが、幼年期についてはあまり詳しく書かれていません。ベツレヘムでの誕生の次に記されているのは、日目の割礼、40日目の神殿奉献であり、「幼子はたくましく育ち、知恵に満ち、神の恵みに包まれていた」ルカ40)と簡潔に幼年時代がまとめられます。その次の記述ではイエスは12歳になっており、新約聖書はイエスの幼年期を詳しく描いていないのです。後世の人々は想像力を働かせて『トマスによるイエスの幼時物語』など「幼児福音書」と呼ばれる外典アポクリファを著しました。外典に史的信憑性はありませんが、いずれにせよ、イエスが「神の恵みに包まれて」すくすくと育ったことは確かでしょう。

幼子イエスも「人の子」である以上、成長するためには聖母マリアのお乳を飲んだに相違ありません。今回は、そんなマリア様のお乳を彷彿とさせるような優しい味のドイツワイン、「リープフラウミルヒ」を紹介したします。「リープフラウ」とはマリア様のことであり、「ミルヒ」とはドイツ語でミルクを意味します。元々はヴォルムスの聖母教会リープフラウエンキルヒェで生産されていたワインを指していましたが、今日では様々な会社がこの名前を使用しており、ドイツワインを代表する種類の一つとなっています。

ドイツワインの歴史を少し振り返ってみましょう。ドイツに本格的なワイン文化をもたらしたのはローマ人でした。イタリアやフランス、スペインなどの欧州の主要なワイン生産地を領域内に含んでいたローマ人は、地中海性気候とは異なるドイツでも美味しいワインを飲めるように試行錯誤を繰り返しました。特に世紀後半のローマ皇帝プロブスはドイツワイン発展に大きく寄与した人物として記憶されています。ですが世紀以降、民族大移動などで帝国が弱体化すると、ドイツでのワイン生産は衰退してしまいます。こうした状況を大きく変化させたのは現在のフランスからドイツに至るまでの広大な領域を支配したカール大帝でした。800年にローマ皇帝として戴冠したカール大帝は、修道院を保護し、ワイン文化を復興させました。

中世ヨーロッパでは修道院とワイン生産は密接な縁で結ばれています。「リープフラウミルヒ」もヴォルムスの聖母教会付属修道院で生産され、数世紀に渡って巡礼者の喉を潤してきました。ですが、ドイツワインの産地は17世紀の三十年戦争や19世紀初頭のナポレオン戦争などの戦乱で荒廃してしまいます。聖母教会の畑も、反教会思想が背景にあるフランス革命の余波で接収されてしまいます。

混乱の中、聖母教会の畑はワイン商人ペーター・ヨーゼフ・ファルケンベルクの手に渡ります。ファルケンベルクさんが荒れ果てていた畑を修復していると、17世紀から行方不明になっていた聖母像マドンナが発見されたといいます。現在、ファルケンベルク社が生産している歴史ある「リープフラウミルヒ」には『マドンナ』という製品名がつけられています。

マリア様のお乳という意味の「リープフラウミルヒ」は、桃のようなふくよかな甘みのするドイツワインです。甘いといっても甘ったるくはありません。ですから、辛口なワインが苦手な方も、甘すぎるワインが苦手な方も楽しめるのではないでしょうか。お値段も手ごろな製品が多く、程よい甘みは食前、食中、食後とタイミングを選びません。マリア様の優しさを思い起こさせるような「リープフラウミルヒ」で、ほっと一息ついてみてはいかがでしょうか。

石川雄一(教会史家)


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