『ギリシャ正教と聖山アトス』


『ギリシャ正教と聖山アトス』
パウエル中西裕一著、幻冬舎、2021年。定価:定価:960円+税 243ページ/新書 並製

 

キリスト教の教派は主にカトリック、プロテスタント、正教の3つに大別することができます。その内、西ヨーロッパで発展した西方教会であるカトリックとプロテスタントは西洋文明の拡大と共に世界に拡大しましたが、東ヨーロッパや中東で存続してきた東方教会に属する正教は西方教会のようには世界へ拡大しませんでした。欧米からキリスト教を受けいれた日本でも西方教会であるカトリックやプロテスタントが主要な教派として広がっていきました。ですが日本と正教の関係は古く、神田のいわゆるニコライ堂東京復活大聖堂や函館のハリストス正教会など観光地として有名な場所もあります。それでも、多くの方にとって東方教会は西方教会に比べると馴染みが薄い教派ではないでしょうか。実際、日本では身近に正教会がなかったり、正教に関する入門書が少なかったりするため、正教について触れる機会は限られています。

新書『ギリシャ正教と聖山アトス』はそんな正教の信仰を、実際の信仰生活に裏打ちされた説得力のある優しい文体で伝えてくれます。著者のパウエル中西裕一はニコライ堂の司祭であり、毎年アトス山を訪れている人物です。

アトス山というのはギリシャにある1000年以上の歴史がある正教の巡礼地として知られています。今日でも女人禁制の「聖なる山」であるアトスには20の修道院があり、約2000人の修道士たちが祈りの生活を送っています。ユネスコから文化的価値と自然遺産としての価値が認められて「複合遺産」として世界遺産に登録されているだけでなく、カトリックのヴァチカン市国のように自治権を認められた独立国の様相を呈した稀有な場所でもあります。

そのアトス山に毎年訪れている著者の実体験や信仰経験を中心に正教について幅広く紹介してくれているのが、今回紹介する『ギリシャ正教と聖山アトス』です。本書では正教の基本的な教えから霊性、儀式や風習に至るまで様々な事柄が随筆文の形で分かりやすく扱われています。著者がなぜ正教徒となったのか、どのように信仰の面で成長してきたのか、どのような喜びを味わったのか、といった著者の個人的な経験が交えられているため、“お勉強”では感じられない共感を伴って読み進めることができます。また、ギリシャ料理やアトス山巡礼ガイド、コロナ禍の影響など私たちの生活にも身近なテーマにも触れられています。著者の次男が撮影した写真も添えられており、視覚的にも正教とアトス山を知ることができます。

表面的な知識ではなく著者の活き活きとした言葉で綴られる本書をぜひ手にして、正教の世界に触れてみてください。

石川雄一(教会史家)

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