英国の登山学校「アウトワード・バウンド・スクール」の思い出3


古谷 章

 

毎朝の新聞紹介

毎朝、朝食後に全員が集まる「朝礼」があり、当番の生徒がその朝の新聞からニュースをピックアップして伝えることになっていた。ふだんなら英国国内の出来事などを伝える長閑なものだったようだが、この時はちょうど発生したミュンヘン・オリンピックのパレスチナゲリラによるテロ事件で話題は持ちきりだった。

私はテロ集団の中にもし日本人がいたらどう説明すればよいのか心配になった。結果としては誰もいなかったのだが、その年の5月に起きた日本赤軍によるテルアビブ空港での乱射事件の直後、ちょうどその時に旅行中だったアメリカで長距離バスに乗っていたら、警察官がどたどたと乗り込んで来て日本人の私だけ念入りに調べられたことがあったのだ。

 

クリフ・リチャード

 寮室やテントの中などで、拙い英語ながら班の仲間とはたわいのない話に花が咲いた。話題の一つはやはり英国の生んだ大スター、ビートルズだったが、音楽のこととなると、歌手をやめて聖職者となったクリフ・リチャードにも話が及んだ。ふだんは宗教に対して無関心のような英国人たちだったが、彼がスターの地位にありながら、あっさりとそれを捨てて信仰の道に進んだことには皆一様に尊敬の念を抱いているようだった。

 

カンニング

実技はともかくとして、英語で苦労したのは座学とその筆記試験だ。特に救急法の筆記試験の時は辞書を引きながら四苦八苦していたら、周りの仲間たちが同情して答えをこっそりと教えてくれた。私の人生の中であれほど大胆なカンニングをしたことは他にない。けれどそれでもあまりに不出来のあとでインストラクターから呼び出されてしまった。

 

寮での食事

寮の食事は質素ではあるがどれも美味しかった。朝食はいわゆるイングリッシュ・ブレックファースト(パン、ベーコン、卵、ミルクティーなど)でボリュームがあった。昼はパスタ類など比較的簡単なものだったが、夕食(ディナー)は必ず前菜、主菜、デザートと3皿が供された。

戸惑ったのは日曜日の食事で、昼食がディナーと称され3皿の出るしっかりとしたものだったのに対し、夕食はティーと称してビスケットと紅茶程度の極めて

OUT WOOD BOUND SCHOOLのワッペン

軽いものだったことだ。これには物足りなさを感じたが、他の英国人たちはこれが当たり前としか思っていないようだった。

前述の映画「ベルファスト」でも、日曜の午後に出かける子どもに向かって母親が呼びかける場面で、「夕食までに帰って来なさい」と字幕が出てきたが、実際には「……tea……」と言っていた。

登山活動中は日本の「ドカ弁」の蓋と本体の両方に折りたためる取っ手を付けたようなmess tinと称する携行食器を使った。今では日本でも一般化している食器だが、当時の私にとっては初めて見るなじみのないものだった。だから、のちに映画「史上最大の作戦」を見たとき、英国軍がそれを使って食事をするシーンがあったので思わず笑ってしまったことがある。

 

日本は遠い神秘の国?

コースの修了前夜の夕食後、班ごとに寸劇の上演会があり、私が「Made in Japan」と書いた札を持って登場したら拍手喝采、なんてこともあったが、1972年当時は英国人にとって身の回りの様々な製品が日本製だったとはいえ、日本は遠い国でなじみも薄かったのだろう。生魚を食する刺身や寿司の話をしても理解されず、気持ち悪がられた。

また、学校のロビーには来訪者のサイン帳があり、そこにヒラリーと共にエベレストに初登頂したテンジン・ノルゲイの書いたチベット文字の記載があった。それを見ていたインストラクターに、真顔で「君は読めるか」と聞かれたことがあった。ネパールも日本も「Orient」というくくりで同じに見られたのだろうか。

 

修了式の軍服姿

学校に滞在中の服装は誰もがスポーツをしやすいラフなものだった。最初に学校に集合した時も冒頭に述べたように「点呼」があっただけで特段の「式」はなく、服装はまちまちの普段着だった。ところが修了式の時にはネクタイこそしないものの、こぎれいな服装になった者が多かった。

その中で目を引いたのは略装ながら軍服を着ている数人の生徒だった。同じ班の仲間以外はだれが軍から派遣されてきている生徒だか全く知らなかったのだが、傍から見ていて、彼らは活動中にはよくリーダーシップをとっていて感心することが多く、また言い方を変えればお調子者でよく目立っていた面々だった。そんな彼らの軍服姿を初めて見て少年兵だったと知り、驚くとともに納得した。

 

最後に

 英語には苦労したものの、体力的、技術的には「落ちこぼれる」こともなく、全期間を通して楽しく過ごすことができた。修了式では校長から特に「言葉のハンディを考えればとても良い結果だ。日本でただ一つの修了証とバッジだ。大切にしなさい」と言われ、とてもうれしかった。そしてそれを祝福してくれた班の仲間や担当のインストラクターには、それまでよく面倒を見てくれたものだと心からありがたく思った。

登山に関しては多くを学び「目から鱗」のようなこともあったのだが、それ以上に英国の文化や歴史などと言う大げさなものではなく、「英国の日常の常識」に触れることのできた忘れられない思い出となった。


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