『イエスに邂った女たち』1990年版(文庫)

イエスと出会った女性たちというテーマ~~試金石となった著作~~


AMOR編集部

キリスト教書の中で、聖書の中の女性たち、イエスと出会った女性たち、といったタイトルの本が数多く見られるようになったのはいつのことでしょうか。

『福音書の女性たち』マルタ・ドリスコル著、木鎌安雄訳、サンパウロ、2021年

2021年末にも新刊が出ました。『福音書の女性たち』マルタ・ドリスコル著、木鎌安雄訳(サンパウロ刊)です。末尾にごく一部を記したように、同種のテーマを掲げる著作、訳書は相当数に上ります。ここでは、このような流れの始まりに位置する二人の著者と、その試金石となった著作に注目してみたいと思います。

ひとりは遠藤周作です。その作品歴の中で、1960年発行の『聖書のなかの女性たち』があります(女性雑誌に連載したものを、当初は角川書店刊、1967年講談社刊、やがて講談社文庫、1999年すえもりブックス刊)。その第一声は、女性読者に向けて、「みなさまの中には、淋しい時、辛い時、折にふれてあの 聖書をひもとかれる方がいらっしゃるかもしれません」と呼びかけるものです。聖書は難しく読みづらいかもしれないけれど、「幾世紀もの間、……無数の女性たちが時には人生の苦しい日々に、時には辛い運命に負けそうになった時、これほど開かれた本はなかった」と、世の中の一般の女性たちに向けて聖書の世界へと招こうとしています。具体的には、一人の娼婦、ヴェロニカ、病める女、カヤパの女中、サロメとヘロジャデ、マグダラのマリア、マルタ、ピラトの妻、そして聖母マリアについては4章を捧げ、ルルドの聖母にも1章を与えています。全体として、聖母マリアが究極のテーマとなっています。

マグダラのマリアについては、「聖書をひもとく時、聖母マリアをのぞくと、このマグダラのマリアほど我々の興味をそそる女性は他にはいない。……イブ的なものと聖母的なものとの間をマグダラのマリアほどさまよった女は聖書の中の女で他にはみあたらない」として、物語り始めます。この女性の素性に関して、ある解釈の立場を「ぼく」の見方として語りますが、復活したイエスと彼女との出会い(ヨハネ福音書20章)の場面の紹介を本旨としています。

遠藤周作には、1983年講談社刊行の『イエスに邂(あ)った女たち』という著作もあります。当時の世相を踏まえて、「外国に行ける機会がだれにでも多くなった」と語り始めます。その中で触れることのできるキリスト教美術をきっかけとした聖書、そして聖書に登場する女性たちとの出会いに誘うという形をとっている書です。そのためさまざまな女性を描く美術作品をカラーで収め、本文とタイアップさせているのが特徴です。

聖書に事実のみを求める研究関心に対して、イエスに邂った女性たちの話については、たとえそれらが想像の産物だったにしても、「我々の心をうつ何かの要素がある。……そこには人間の夢がある、歎きもある、祈りもある。……たとえそれは事実ではなくても真実なのだ。真実は事実より、もっと深く、もっと高い。……聖書の女たちとイエスとの出来事は人間の夢や歎きや祈りがこもっているゆえに、……今日の我々の話にもなりうると言うことなのだ」として、紹介していきます。その筆頭はマグダラのマリアで3章も費やしています。どのようなマグダラのマリア像を示しているか、それはぜひお読みください。続いてサロメ、イエスと娼婦、姦通の女、マルタとマリアの姉妹、ベタニヤのマリア、かくれ切支丹のマリア、最後に聖母マリアに2章という次第です。

著者が聖書の女性たちに向ける眼差しは、狭い意味での教会という枠に収まらず、万人に開かれた書として聖書の世界の真実に人々を誘おうとする姿勢と不可分です。そのような姿勢は、先駆的でもあり、古典的でもあり、いつまでも今日的であり続けていると思います。AMORもその旅路を歩み続けています。

もう一つ、触れておきたい著作はE・モルトマン=ヴェンデル著『イエスをめぐる女性たち 女性が自分自身になるために』大島かおり訳、新教出版社 1982年刊行(原書ドイツ語 1980年刊)です。日本語版への序に「全世界的な女性運動の刺激を受けて、いま女性キリスト者たちは、キリスト教伝統の中にひそむ自分たち自身の物語(=歴史)をさぐっています」とあるように、フェニミズム神学の立場を表明する聖書論、とくに福音書に登場する女性論を提示するものです。

『イエスをめぐる女性たち 女性が自分自身になるために』新教出版社、1982年

取り上げられているのはマルタ、ベタニヤのマリア、マグダラのマリア、イエスに香油を注いだ名の知れぬ女性、マルコの婦人グループ、マタイと母たち、ルカの上流夫人ヨハンナです。

マグダラのマリアについては「重い精神疾患を病み、癒しによってイエスの信従者となった婦人たちの一人だった」という線で論及が進み、教会の歴史の中でどのようなイメージで見られてきたか、どのように崇敬されてきたか、その歴史の一部が紹介されています。また、最近の研究の成果から、初代教会に女性の使徒職があったこと、その最も知られた代表者がマグダラのマリアであることなど、最初の使徒(女性使徒)として近年、カトリック教会において、その記念日が祝日となった経緯の背景をいくばくか覗かせてくれます。マグダラのマリアについて割かれた43ページの中にはきわめて多くの情報が詰まっており、さまざまなことを啓発してくれます。

このほか、同じようなジャンルの著書は多くありますが、それらを通しても、イエスとの出会い方の刷新の時代というべき20~21世紀の一つの 重要なテーマ領域であることがわかります。このことは聖母マリアに関する考察、思索、黙想の広がりと深まりにもつながっていることはいうまでもありません。

同じテーマ分野の著作(ごく一部)
◎『イエスをめぐる女性たち』井上洋治著、彌生書房、1992年
◎『聖書のなかの女性たち』渋川久子著、玉川大学出版部、1997年
◎『聖書のなかの女性たち』荒井献著、「荒井献著作集」第8巻、岩波書店、2001年
◎『聖書を彩る女性たち:その文化への反映』小塩節監修、毎日新聞社、2002年
◎『小説 聖書の女性たち』木崎さと子著、日本キリスト教団出版局、2004年
◎『イエスに出会った女性たち』英隆一朗著、女子パウロ会、2013年

 


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