教皇フランシスコが『ラウダート・シ』(2015)などで表明してきた環境への眼差しは、教会の環境意識を一変させる歴史的な業績と言えるでしょう。教会に関係のない一般の人々の間でも、SDGsに代表される環境意識が広がり、環境問題はますます重要な課題となってきています。その一方で、ロシアによるウクライナ侵攻に代表される戦争が、人間だけでなく多くの動植物の命を奪っています。戦争は神を悲しませる「神に対する罪」や人を傷つける「人に対する罪」だけでなく、被造物を破壊する「環境に対する罪」です。こうした環境意識から暴力を暗々裏に批判した作品の一つとして、アルフォンソ・キュアロン監督の傑作『ROMA/ローマ』(2018)が挙げられるでしょう。そこで今回は、世界中の賞を受賞した『ROMA/ローマ』ほど有名ではありませんが、同じように力強い映像で戦争という暴力を批判した『緑はよみがえる』(2014)を紹介します。
『聖なる酔っぱらいの伝説』(1988)などで知られるエルマンノ・オルミ監督の遺作となった『緑はよみがえる』は、第一次世界大戦中のイタリアを舞台としています。と言ってもこの映画は、『西部戦線異状なし』(1930)や『1917 命をかけた伝令』(2019)のような戦争ドラマでもアクション映画でもありません。本作には明確な主人公がおらず、激しい戦闘シーンはおろか、ドラマチックな物語も展開されません。そもそも、兵士たちがどこで誰と何のために戦っているのかも明らかにされないのです。名もなき若者たちが無駄死にする姿を通じて、そして動植物が不条理にも犠牲になる様子を通じて、『緑はよみがえる』は戦争の無意味さを強く訴えています。
キリスト教者の監督であるエルマンノ・オルミは1931年生まれ。二つの大戦の間の時代に生まれた監督は、第一次世界大戦に従軍した父から戦争の話を聞かされて育ちました。世界大戦に限らず戦争は、愛国心や信仰心、イデオロギーを利用したヒロイズムで人々を刺激して武器を取らせようとします。ですが、実際の戦争はプロパガンダが喧伝する英雄譚とはほど遠く、ほとんどが無残で虚しいものです。父から第一次世界大戦の記憶を受け継ぎ、10代の少年期を第二次世界大戦の中で過ごしたエルマンノ・オルミ監督も、本作が公開された2014年には80歳を超えていました。第二次世界大戦から半世紀以上、第一次世界大戦からは100年もの時間が経過した21世紀にあっても戦争の記憶を風化させてはいけない、との思いが『緑はよみがえる』から感じ取れます。80分未満の短い作品で、セリフも多くなく、色や舞台の展開にも乏しい作品ですが、人間のみならず動植物までも暴力の犠牲者と考える『緑はよみがえる』は雄弁に戦争の無意味さを語っています。本作を通じて響く祈りの声が、環境への眼差しにも目覚めた多くの人の心に届いてほしいです。
石川雄一(教会史家)
STAFF
監督・脚本::エルマンノ・オルミ/編集:パオロ・コッティニョーラ/音楽:パオロ・フレス/撮影:ファビオ・オルミ/美術:ジュゼッペ・ピッロッタ/制作:ルイジ・ムジーニ、エリザベッタ・オルミ
CAST
クラウディオ・サンタマリア、アレッサンドロ・スペルドゥーティ、フランチェスコ・フォルミケッティ、アンドレア・ディ・マリア、カミッロ・グラッシ、ニッコロ・センニ
原題/Torneranno i prati/原題/Torneranno i prati/制作国/イタリア/内容時間(字幕版)/77分
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