柳沼千賀子著『聖フィリポ・ネリ 喜びの預言者』
ドン・ボスコ社、2010年。定価:800円+税 202頁
「ロヨラの聖イグナチオや聖フランシスコ・ザビエルらと同時代を生きた聖人の魅力にあふれる伝記」
15世紀のイタリアではフィレンツェなどを中心にルネサンスが花開き、多くの優れた芸術・文化が生み出されました。ですが、華やかなルネサンス文化と共に教会には腐敗がはびこり、1517年から始まる宗教改革を招くことになりました。一連のプロテスタントによる宗教改革を受けて、カトリック教会側も刷新の必要性を痛感し、対抗宗教改革(カトリック改革)に乗り出します。ロヨラの聖イグナチオ(1491〜1556)によるイエズス会の創設、十字架の聖ヨハネ(1542〜1591)やアビラの聖テレジア(1515〜1582)によるカルメル会の改革、トリエント公会議(1545〜1563)の開催など、対抗宗教改革に関する人々や出来事は日本でもよく知られています。ですが、オラトリオ会の創設者である聖フィリポ・ネリ(1515〜1595)の知名度はあまり高くないようです。ですが、イグナチオ、ザビエル、大テレジアと同じ1622年3月12日に列聖されたネリは、16世紀に活躍した非常に重要な聖人であります。柳沼千賀子さんによる『聖フィリポ・ネリ 喜びの預言者』は、そんな聖フィリポ・ネリの生涯と霊性を簡潔かつ魅力的に伝えてくれます。
ルネサンスの中心地フィレンツェで生まれた聖フィリポ・ネリは、明るくユーモアのある性格で誰からも愛される少年でした。富や世俗的名声に興味を持たなかったネリは、キリストに従って生きることを決心します。霊的体験を経て叙階されたネリですが、彼は聖職者中心の「上からの刷新」ではなく、信心など信徒の霊性に寄り添い続け「下からの刷新」に寄与しました。また、ローマで実際に会ったことのあるロヨラの聖イグナチオがイエズス会を創設して日本を含む世界中に福音を述べ伝えたのとは対極的に、ネリはローマでの福音宣教に力を入れました。まだ福音を知らない民にイエス・キリストを伝えることだけが宣教活動ではなく、既に洗礼を受けている人々が神と本当の意味で出会う手助けをするのも福音宣教であることをネリはよく理解していたのでした。聖フランシスコ・ザビエルがインドや日本にキリスト教を伝えている時代、聖フィリポ・ネリは腐敗や退廃により神から離れていたローマの人々に再び神の愛を伝えたのです。
多くの若者を魅了するユーモアにあふれる人物であったネリは、同志と共にオラトリオ会を創設します。オラトリオ会は、修道誓願をたてるイエズス会やフランシスコ会のような修道会ではなく「使徒的生活の会」と呼ばれる教区司祭の独特な共同体です。17世紀には、聖ヴィンセンシオ・ア・パウロ(1581-1660)や聖フランシスコ・サレジオ(1567〜1622)の友人であるベリュル枢機卿(1575〜1629)によりフランスでオラトリオ会が設立されました。また、19世紀には英国にもオラトリオ会が設立されますが、その創設者である聖ジョン・ヘンリ・ニューマン枢機卿(1801-1890)は2019年に列聖され、現在注目を集めています。そのニューマンとネリのつながりも含め、『聖フィリポ・ネリ 喜びの預言者』はネリの生涯、人との交流、後世への影響、興味深い逸話などを要約して、彼の魅力を分り易く伝えてくれます。
(石川雄一、教会史家)
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