名付けようのない踊り


田中泯という人をご存じでしょうか。私が田中泯を意識したのは映画俳優としてデビューした『たそがれ清兵衛』でした。これまでの殺陣とはまったく違うなんとも不思議な演技でした。その存在感は、昨年公開された『HOKUSAI』でも発揮されています。私は当然遅咲きの俳優だと思っていました。ある日、知人から『名づけようのない踊り』という田中泯が主人公の映画が公開されるという話を聞き、タイトルと田中泯がイコールにならないことの興味から拝見しました。観たらびっくり。田中泯は世界的ダンサーだったのです。映画を観て、ダンサーとしての田中泯と俳優田中泯がイコールとなってきました。

1945年3月、東京大空襲の日に生まれたという田中泯の生い立ちとダンサーの経歴を、田中泯の言葉とアニメーション、実際のダンスを融合させたドキュメンタリー映画です。

若い頃からモダンバレエとジャズダンスを学んできた彼は、1966年ソロダンサーとしての活動を開始します。1978年、パリ秋芸術祭でダンサーとして海外デビューします。その踊りは、パリで絶賛されます。彼の踊る姿を観て、私は舞踏家・土方巽の姿を思い出しました。舞踏家・土方巽は、暗黒舞踏という分野を大野一雄とともに新しい舞踏の分野を確立し、世界的に絶賛された人です。土方の舞踏は土方にしかできないといわれています。田中泯の踊りも彼にしかできない踊りです。

田中泯は、子どもの頃の記憶を「私の子ども」と言います。田中泯にとって、「私の子ども」は、「人間は身体の中に意識が生まれた瞬間から記憶が始まります。こどもの頃から様々な出来事がありましたが、それは私にとって大変な歴史であるわけです。こどもの頃に感じたこと、こんな大人はいやだと思ったことを大事にしています。それを「私のこども」というのだというのです。それは踊りにも影響があると言います。

また、ダンサーは踊るために身体を作るといわれていますが、田中は別の見方をしています。自宅で農業をし、農業で作った身体で踊るといいます。決して完成した作品を持たない、日々違う形を作り出す踊りが田中泯の踊りです。

田中泯が若い頃から敬愛する哲学者ロジェ・カイヨワは『遊びと人間』で「遊びは何も生まれない。財産も作品も生まない。それは本質的に不毛なのだ。遊びをやり始めるたびに、遊ぶ者はいつもゼロの地点に立っている」といっています。フランスで絶賛された田中泯は、このロジェ・カイヨワに踊りを観てもらいたいと彼に電話し、彼のアパートまで足を運び、観てもらいます。

ロジェ・カイヨワは、彼のダンスを観て、「永遠に、名付けようのない踊りを続けてください」と言ったといいます。

田中は「踊りは所有できない。踊りは間に生まれていく。見ている人もダンサーなのだ」と言います。田中にとって踊りとは何なのか、不毛な遊びの究極が踊りなのかもしれません。そしてどこまで彼の踊りを追い求めていくのか、それはどのように演技者としての田中泯に影響を与えているのかをぜひ映画館に足を運んで観てください。

中村恵里香(ライター)

 

月28日(金)より 

ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿バルト9、Bunkamura ル・シネマほか 全国ロードショー

公式ホームページ:https://happinet-phantom.com/unnameable-dance/

 

スタッフ:脚本・監督:犬童一心/エグゼクティブプロデューサー:犬童一心、和田佳恵、山本正典、久保田修、西川新、吉岡俊昭/プロデューサー:江川智、犬童みのり/アニメーション:山村浩二/音楽:上野耕路/音響監督:ZAKYUMIKO/撮影:清久素延、池内義浩、池田直矢/編集:山田佑介

キャスト:田中泯、石原淋、中村達也、大友良英、ライコー・フェリックス、松岡正剛

助成:文化庁文化芸術振興費補助金/協賛:東京造形大学アクティオ

配給・宣伝:ハピネットファントム・スタジオ/制作プロダクション:スカイドラム

製作:「名付けようのない踊り」製作委員会(スカイドラムテレビ東京グランマーブルC&Iエンタテインメント山梨日日新聞社山梨放送)

2021/日本/114分/5.1ch/アメリカンビスタ/カラー/G

© 2021「名付けようのない踊り」製作委員会

 


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