秋の夜長に、キリシタン時代への旅を~金澤マリコ『木乃伊の都』図書紹介


鈴木和枝(カトリック横浜教区信徒)

16世紀の大航海時代、日本にはスペイン・ポルトガルから宣教師や商人も多くやってきた。そうした南蛮人と出会った日本人には、彼らの誘いなどによって大海原を渡り、西へと航海する人も多くいた。西洋から東洋へ、そして東洋から西洋へ人々は行き交った。

現代ならば旅行をしたことがなくても、学校の授業で、あるいは本でもテレビでもネットでも、簡単に西洋の様子を写真や映像をもって知ることはできる。しかし16世紀の日本人にとって、仮にセミナリオなどで宣教師から西洋の様子を聴き、地球儀を見せられて日本の反対側はこうなっていますと言われたりしても、西洋にはどんな人々がいるのか、どんな暮らしをしているのか想像してもしきれないぐらい、その世界は夢の向こうにあったに違いない。

金澤マリコ著『木乃伊の都』の主人公・次郎丸は、家族で洗礼を受けたキリシタンだ。教会で西洋画を見たり、貿易商が持ってきたパオン・デ・ローというポルトガル伝統のお菓子の味やにおいにふれたりしながら、見知らぬ世界への思いを膨らませていた。ポルトガル語を上手に使えるようになったことを褒めた兄・彦太郎に「おまえはいつか船に乗って誰も見たことんなか広か世界ば見るとよかよ。」と言われ、夢は大きく変わっていった。

口之津で祖国ポルトガルに帰る修道士を見送る船を見学しているうちに、船は出帆してしまう。そこから次郎丸の旅は始まるのだ。船で西洋に行けたら彼の夢は叶えられる。しかし、船の出帆は家族との悲しい離縁を意味し、奴隷としてだまされて乗せられたことが分かり、希望に満ちた旅どころか、船の中で過酷な労働を強いられてしまう。

西洋に旅するキリシタンと言えば、天正遣欧少年使節を思い浮かべる人も多いだろう。天正遣欧少年使節は歴史の教科書では、聖職者に連れられ、長い旅を船に乗ってユーラシア大陸の端まで行って、スペインの国王やローマ教皇に謁見したとともに、西洋の楽器や印刷機といった西洋文明を持ち帰るストーリーが凝縮された記述だったと記憶している。しかし、実際の船旅は飛行機よりもちろん長旅で、途中多くの人が死ぬような過酷なものである。そこで過ごす人それぞれにドラマがあったことだろう。次郎丸も、日本からゴアへ、そこからエジプト、ポルトガルという道のりでアラビア語をさらに言語を習得し、ミイラから薬を作り出す技術を身につけるなど、生きていくすべを身につけていく。奴隷として過酷な環境での恐怖や苦難に加え、家族と離れた不安、とりわけ母を思う心情が、船底の閉塞的な空気感とともにつぶさに描かれている。

そんな登場人物の心情を縦糸に、そして、この時代の奴隷という人身売買や、カトリック教会が行っていた異端審問、そして西洋人が不老長寿の妙薬として欲しがっていたミイラ薬とその商売、そうした歴史的な事実が横糸になって編まれた物語なのである。16世紀中頃、アルメイダ修道士が九州で医療活動を行っていた時期だ。絵踏などに象徴される宗教弾圧が行われるようになる前のことである。次郎丸が行き着くユーラシア大陸の西端では、カトリックが異端を弾圧していた。たとえばキリスト教の衣を被ったユダヤ教徒、つまり隠れユダヤ教徒などを見つけ出して処罰する異端審問が行われていたのだ。当時日本で活動していたアルメイダ修道士はもともとユダヤ教徒からカトリックに改宗した家系の商人であった。奴隷も扱っていた商人だったらしいが、日本で宣教師達と出会って生き方を変え、命を助ける人になっていく。

金澤マリコ『木乃伊の都』(光文社 2021年)

一方、同じようにユダヤ教からカトリックに改宗したという商人・ペドロは次郎丸の長旅の宿敵である。日本までやってきて商売と同時に人をさらう悪徳貿易商であり、またリズボアではエジプトのミイラ職人によるミイラ解包ショーを、ポルトガルの皇太后を招待してまで行うような大富豪である。ユダヤ教からカトリックに改宗した人たちをマラーノと呼ぶそうだ。アルメイダ修道士のことは話の冒頭でしか出てこないが、同じポルトガル出身のマラーノでもどうしてこう生き方が違うのだろうという思いが頭の片隅に残りながら話は進む。このペドロに絡んで登場する異端審問官の司祭ニコラスに見え隠れする影も気になるところだ。

途中、アラビア海で難破して九死に一生を得た次郎丸がミイラ職人ハシムらに出会い、実に強く生きていく。その原動力は、未知なる世界を見たいという思いに加え、次郎丸が出会った様々な境遇の人々との友情だろうか。次郎丸に協力する人たちの中には、彼のように家族を失ったり離れたりする中で大きな悲しみや恨みを抱いていた。そんな出会いこそ運命の神秘と言えるだろう。

日本に帰る途中、ゴアで天正遣欧少年使節を途中まで引率したヴァリニャーノ神父に出会う。ヴァリニャーノ神父が無事に次郎丸の母・サヨを連れ帰ってくれればよいのだが。

 

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