山本潤子(絵本セラピスト)
ノンフィクション絵本
絵本を読むようになりその種類の多さに驚きました。ファンタジー絵本、写真絵本、科学絵本・・・分類方法によっては20種類以上もあるようです。偉人とその功績を描いた伝記絵本は子どもの頃からよく読んでいました。大人になってからは絵本で歴史に刻まれるような出来事を知ることもありました。
2020年7月4日、熊本県の人吉球磨地方は繰り返し発生した線状降水帯によってもたらされた球磨川の氾濫により甚大な被害を受けました。そして、水害から一年後の今年7月4日に、どんな災害にも屈せず立ち上がる人々、これからを生きる子どもたちに語り継いでいきたい、真実を描いたノンフィクション絵本が発行されました。
出版記念パーティーでこの絵本を読むことになった私は数日前に現地入りし、復旧半ばの市内を歩き町の人たちの話を聞くことが出来ました。ノンフィクション絵本を読むという緊張感の中で見た事・感じた事を織り交ぜながら、この絵本を紹介したいと思います。
『川があふれた! まちが沈んだ日』
古山拓:絵、チームキジ馬くん:編、パピルスあい
人吉球磨地方には昔から「キジ馬」という木の玩具があります。平家の落人が華やかな都を偲び、子どもたちの健やかな成長を願い作ったと言われています。手のひらに乗る程の可愛らしい物もあれば、商店や神社の入り口で来る人を出迎える大きな物もあります。市内を歩いていると、あちらこちらで目に入る『キジ馬』は市民生活に溶け込み愛されてきたことがよく分かります。
絵本は美しい人吉球磨の風景から幕を開けます。「日本一の隠れ里」という呼称がピッタリの爽やかな風を感じる絵に、私も郷里の原風景を思わずにはいられません。ページをめくると球磨川に面した郷土料理レストラン「くまがわ亭」とそこに集う人達の穏やかな日常が描かれています。「くまがわ亭」を切り盛りしているのはサチさん、人吉市の「ひまわり亭」、本田節さんのことです。(絵本では呼称を変えています。)
「くまがわ亭」のベランダには大きな『キジ馬』が置かれ、20年もの間お客様を迎えていました。長さ4.5メートル、重さ800キロもある巨体は重機がなければ動かすことはできません。物語の主人公はこのキジ馬くん、濁流に流され傷を負いながら60キロも離れた八代湾で発見され、戻ってくることが出来た「ど根性キジ馬くん」なのです。
絵本には濁流の場面が生々しく描かれています。初めてそのページを開いた時、容赦なく流される「キジ馬くん」の姿に時間が止まったように感じました。激しい流れはまるで動画のようです。流れに吸い込まれるように私の幼い記憶が蘇りました。
信濃川の支流が氾濫し、隣家のおじいさんの肩車で高台の神社に避難したこと。お豆腐屋さんの建物があっという間に流されたこと。濁流の生臭い匂いもゴツンゴツンと岩石のぶつかる音も絵の中にありました。
絵本に戻ります。一夜明けた人吉のまちは沈んでしまいました。スコップを持った人たちが駆けつけ復旧作業が始まり、ようやく前を向いたサチさんはキジ馬くんがいないことに気がつきました。まさか、重機でなければ動かせない800キロもあるキジ馬くんが流されようとは、自然災害の凄まじい威力を重ねて
知ることになるのです。
復旧作業と同時にサチさんは高台に置いてあったキッチンカーで炊き出しを開始しました。避難所だけでなく在宅避難者にもお弁当を届け続けました。熊本地震の際に何ヶ月も炊き出しボランティアをしたこともあり、毎日大勢の人たちが手伝いに駆けつけてくれたそうです。私が行った時にも益城町から何人もの人がボランティアで来ていました。また、レストランは災害支援センターのような役割も担い、救援物資の受け入れや仕分け・配送など細やかな活動の拠点にもなったのです。
災害からしばらく経ったある日、八代湾の近くで赤い木が浮かんでいるという知らせが入りました。キジ馬くんはクレーンで救出
され「くまがわ亭」に戻ってくることが出来たのです。濁流の流れやタイミング、潮の満ち引きによっては東シナ海に流れて行くこともあったでしょう。キジ馬くんを発見した男性は広い湾のどこを探したらよいのか最初は途方に暮れたそうです。港の桟橋を一箇所ずつ巡っても全く手がかりがなく、「いくら探してもいないよ!」と電話しながらちょっとしゃがんだその時、桟橋に隠れるようにキジ馬くんが見えたのだそうです。何という奇跡なのでしょう。真反対を向いて電話していたら見えない場所なのです。
キジ馬くん発見・帰還のニュースはあっという間に人々の間を駆け巡り、復興への勇気と希望の光となりました。
「どんなことがあってもあきらめるなと、コイツは伝えたかったのかもしれんよ……」
キジ馬作りの名人、ゴンドウじいさんが静かに言いました。
一周年追悼の日、出版記念パーティーでこの絵本を読みました。会場は改装工事が終わったばかりの「ひまわり亭」、穏やかに流れる球磨川を見下ろし、堂々と横たわるキジ馬くんの大きさに圧倒されながら私は絵本の物語に入りました。
読んだ後に感じたことを語りながら気づいたことがあります。主人公がキジ馬くんだったから、流されたのがキジ馬くんだったからこの絵本は出版することが出来たのではないだろうか。ノンフィクション絵本は真実を語り伝える役割があります。しかし、災害の生々しい事実を描写するのには作り手も読み手も抵抗があるのではないでしょうか。今回の出来事は『キジ馬』という普通にはあり得ない特別大きな存在が流され、発見され、戻って来れたということ。肯定的な意味で擬人化され、絵本に相応しい形になったのではないかと思うのです。何もかもが奇跡的な出来事と言えるのではないでしょうか。
絵本は出版するまでに多くの人たちが心を割き手間もかけますが、それで終わりではありません。読んでもらえるように営業努力も広報活動も必要です。この絵本は本田節さんにより熊本県内全ての教育機関に寄贈されました。自然災害の多い日本において、誰もが他人事ではない出来事です。我が身に置き換えて語り継いでいきたい絵本です。
ノンフィクション絵本もまた、読んだ人それぞれの人生に寄り添い、心に小さな種を蒔く。
絵本の無限の可能性をこれからも追い続けていこうと思います。
季節の絵本
『おむすびころりん はっけよい!』
森くま堂:作、ひろかわさえこ:絵、偕成社
田んぼが黄金色に輝き稲穂は頭を垂れ、いつの間にか新米を待つ季節になりました。新潟県で生まれ育った私にとって新米と聞いて真っ先に思い浮かぶのはおむすびです。
炊き立て感のある粒の立ったおむすびが二個、土俵の中でシコを踏んでいます。この表紙だけでもお腹がグウっと鳴りそうです。物語は三角おむすび国とまん丸おむすび国、二つの国が自国のおむすびが最高だと主張するところから始まります。
両国の間には何と「具の畑」が広がり、オカカ、シャケ、明太子などが育てられているのです。この畑を三角おむすびが占領したために戦が勃発しますが、その戦い方はお相撲なのです。
「はっけよ〜い」で四つに組んだまでは良かったけれど、両者ねちゃりとくっついて離れません。勝負がつかないままゴロゴロ転がるうちに一個の俵おむすびになってしまったではありませんか。それ以降、おむすびたちはどんな形でも仲良く一緒に暮らすようになりました。「めでたしめでたし」。
絵本は何でも擬人化できる特性があります。おむすびの国があっても明太子畑があっても問題ありません。ただただ、新米の銀シャリの輝きと粘りを想像しながら楽しく読みました。こんな具の畑があったらどんなに嬉しいでしょう!
子どもたちは大好きなおむすびがもっと好きになり、また、お友達との揉め事の場面でも、このユニークな解決策を思い出すかもしれません。
ところで、シリアスに深読みすると、そこには興味深い世界がありました。繰り返される国際紛争や資源などを占有する問題と全く同じではありませんか。違いはその解決方法です。相手を傷つけずに向き合い一体化して問題が問題でなくなる。作家さんは創作にそんな意図も込められているのではないかと想像が膨らみます。
また、人生に息詰まった時や相手と相互理解が得られない時など、自分の色やスタイルに固執せずに柔軟に変えてみたらどうでしょう。相手や場に応じて変えてみる。必要なくなったら元に戻せば良いのだから。
どんな形にでも姿を変えることができるおむすびの世界、そこから受け取ったメッセージはシンプルが故に深く、凝り固まった思考を優しく解きほぐすのでした。
さあ、新米を炊いて塩むすびを食べましょう! 美味しい秋が始まります。
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東京理科大学理学部数学科卒業。国家公務員として勤務するも相次ぐ家族の喪失体験から「心と体」の関係を学び、1997年から相談業務を開始。2010年から絵本メンタルセラピーの概念を構築。