浜の朝日の嘘つきどもと


コロナ禍でどこもかしこも行き詰まり感が強くなっている日々ですが、それは映画も同じです。演劇はOKでも映画はだめなんて時期がありました。なぜ声も発せず、前だけを向き、前を向いてスクリーンを観ているだけの映画がだめなのか、私には理解不能でした。今は映画館も人数を減らしてはいますが、上映できるようになっています。映画が上映されることは、映画好きにとってはこの上もない喜びです。そんなことを改めて感じる映画がまもなく公開されます。その作品は『浜の朝日の嘘つきどもと』です。

福島県南相馬に実在する映画館「朝日座」が舞台です。100年近い歴史を持つ映画館ですが、主に旧作を上映する名画座として地元の人々に愛されてきた映画館です。支配人の森田保造(柳家喬太郎)は、意を決したように35ミリフィルムを一斗缶に放り込み、火をつけようとした途端、背後から水をかけて邪魔する女性(高畑充希)が現れます。

すでに閉館し、売却を決めていた朝日座を立て直すというこの女性は自分の名前を茂木莉子と名乗ります。打つ手がないという森田に対し、莉子は「ここが潰れたら本当に困る」と主張し、この町に住んでなんとかすると言い張ります。

10年前の東日本大震災の際、タクシー会社で働いていた莉子の父(光石研)は、除染作業員の送迎を担当するため、会社を立ち上げます。その会社の名前が莉子の本名・浜野あさひの名前そのままの“浜の朝日交通”。父は愛する娘の名前をそのままつけたのですが、それによって、父が莫大な利益を上げたと噂されるようになり、友人が一人もいなくなります。そんな高校2年生の折、立入禁止の屋上にいるところを数学教師・田中茉莉子(大久保佳代子)にみつかります。茉莉子先生は、莉子を視聴覚準備室に連れて行き、映画『青空娘』のDVDを鑑賞させます。

その後、家族で東京に移住しますが、高3の1学期でドロップアウト。家に居場所がない莉子は家出をし、郡山にある茉莉子先生の家を訪ね、2人の同居が始まります。茉莉子先生との楽しい時間は、母親が未成年者略取で茉莉子先生を訴えことで終わりを告げます。莉子が実家に戻るまでの2人の時間にはいつも映画がありました。

2019年、映画の配給会社に勤めていた莉子のもとに、茉莉子先生が病に倒れたという連絡が茉莉子先生の恋人でベトナム人のバオ君(佐野弘樹)から届きます。郡山の病院に駆けつけた莉子に茉莉子先生は自分の死を看取ってほしい。そして南相馬にある朝日座を立て直してほしいと頼みます。

先生との約束を果たすため、2021年莉子は朝日座を訪ねたのでした。映画は誰かを好くこともあるという莉子に対し、森田は救えなかった農家の青年の話をし、「映画ではたった一人の農家も救えなかった。終わったんだ」といいます。

ともかく、莉子の奮闘が始まります。売却先を知っている不動産屋を訪ね、売却金額を聞き出し、クラウドファンディングを立ち上げ、再開上映を始め、テレビ局を動かします。

莉子の奮闘には茉莉子先生の「なくしたくないんだこの映画館。あのときの自分が、あの場所で観たから、もう少し踏ん張ろうと思えたからさ。映画なんて人生になくったって生きていけるんだけどね。残像現象に救われる客だって以外といると思うんだ。そういうのがなくなるって悲しいじゃん」という言葉がありました。

町の人々が応援したかと思うと、売却先となっていた企業の横やりが入ったりして思うようにいきません。さてこの続きは映画館に足を運んで観てください。

この映画では、人生に何の役にも立たないように見える映画が、実は人生の大切な場面に役に立っているかもしれないと思えるような言葉が次々と出てきます。そして、家族とは何かも考えさせてくれます。

復興途上の南相馬の現状も見ることができます。震災から10年、まだまだ復興にはほど遠い状況の中、いきいきと生きる人間の姿がそこにはありました。

中村恵里香(ライター)

 

9月10日全国ロードショー

公式ホームページ:https://hamano-asahi.jp/

 

脚本・監督:タナダユキ

出演:高畑充希、柳家喬太郎、大久保佳代子、甲本雅裕、佐野弘樹、神尾 佑、竹原ピストル、光石 研、吉行和子

© 2021 映画『浜の朝日の嘘つきどもと』製作委員会

2021年製作/114分/日本
配給:ポニーキャニオン

 


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