休校の間の学校


やまじもとひろ

コロナ禍の学校はどのようにして
アイデンティティを示したか

新型コロナウイルス感染症の蔓延で国内の社会生活は停滞を余儀なくされました。経済損失はこれまで経験のないほど大きなものになってしまいました。「経験がなかったほど」といえば、緊急事態宣言下での教育現場の混乱も前代未聞のものでした。しかし、若手の先生たちを中心に巻き起こったオンライン授業構築の波は、大都市圏の学校から、全国にあっという間に波及しました。先生たちが試行錯誤を重ねながらも、学校としてのアイデンティティを示す原動力となったのは「生徒に会いたい」という強い欲求だったといいます。

 

初動は「バタバタでした」
大変だったのは新入生の担任

6月に入り、首都圏でも緊急事態宣言は解除されましたが、大都市圏の学校現場は春休みの登校制限を含めれば3カ月にわたって活動がストップしてしまいました。

学校現場では「まさか、こんなことが起こるとは」というのが先生たちの本音。「なにから手をつければいいのか、初めはバタバタでした」といいます。

緊急事態宣言下でも学校の教職員はほとんどが毎日出校していたといいます。というのも、「生徒への授業の保証」が先生たちの仕事の第一義だったからです。

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まず始めたのが、校内の授業で予定していた学習を、生徒が自宅でつづけられるようにすることでした。週ごとの課題を設定、テキストのページを指定し週の進行具合を報告させるところから始まりました。週ごとの報告は、担任が各家庭に電話し、健康チェックとともに確認したという学校もありました。しかし、それも一度だけで、その後は、ネットで生徒とのやりとりができるようになった学校がほとんどでした。

3月に入ってすぐに登校が許されなくなったことで、卒業式も入学式も霧消してしまったこの春、まだ会ったこともない新入生を指導しなければならなかった1年生の担任は大変でした。教科書や生徒手帳、そこに潜ませた先生自身の自己紹介文の郵送から始めねばならなかったからです。

「その後『Zoom(ズーム)』(Web会議システムのひとつ)で顔合わせをしましたが、どうしても生徒の名前と顔が一致しないんです。やっぱりリアルで会うのとは、まったく違う」と、緊急事態宣言が解除されたあと話をしてくれたのは新入生の担任でした。

 

オンデマンド発信併用で
オンライン授業が開始に

私立学校の多くはオンライン授業に早くから手をつけました。私立の各校では小学生であってもiPadなどのタブレット端末が配付されている学校が多かったのです。

公立高校でも神奈川県立生田(いくた)高校や都立武蔵野北高校などは、いち早く教員同士がビデオを撮り生徒にオンデマンド配信しています。

ここでいうオンライン授業とは、Zoom、TeamsなどのWeb会議システムを利用した双方向型で、顔の映像や音声を互いに確認しながらやり取りできる授業です。

オンデマンド発信とは、YouTubeなどを使って教員が事前に撮影した授業映像をネット上に保存しておき、生徒は自宅で好きなときに見ることができるものです。双方向型ではなく一方通行のため質問などはできませんが、生徒は何度でも繰り返し見ることができます。

私立のなかには、まだタブレット端末の配付を終えていなかった学校もありましたが、この事態で急遽導入したところも多く、首都圏にある中高一貫校20校に、筆者が6月末に電話で確認したところ100%が導入を終えていました。最も私立の中高一貫校は、このような投資に敏感です。昨年来「ICT教育の充実」は、どこの学校パンフレットにも大きくうたわれている「約束」です。

保護者から「授業料をいただいて学校が成り立っている」という意識は、私立のほうが強いのは当然です。逆に言えば、「授業料3カ月分返せ」といわれても仕方のない成り立ちなのです。

このように私立の各校には、生徒が集まらなければ経営が成り立たない事情があります。ですから公立校とのすみわけを模索しなければならなかったり、私立校同士の競争もあります。

余談ですが、私立のオンライン授業で得たシステム構築は、その後「オンライン学校説明会」へと発展します。コロナ禍にあって受験生と対面しての説明会はむずかしかったわけで、学校PRの場が狭められていた各校は一斉に事前予約を受け付けて「オンライン学校説明会」を始めました。予約が必要なのは各Web会議システムには人数制限があるからです。

公立高校でも、東京都立の立川高校が5月20日に、他の都立高校に先駆けて、塾などを相手にした「塾説明会」をZoom経由で使って実施しています。

 

公立高校は出遅れたのか
結局は学校の取り組み次第

じつは政府は、もともと2023年度までに全国の公立小中学校に、25年度までに公立高校にも、生徒に「パソコン1人1台環境」を整備すべく予算化していました。ここでいうパソコンは、ノート型かタブレット端末で個人用です。

今回の休校措置で各家庭のパソコン環境整備を迫られることになった政府は、20年度予算に2763億円を積み足し、早期に「1人1台環境」実現するべく動き始めました。

私立に比べ公立はダメだったのかというと、そうとばかりとは言えません。私立でも生徒個々に端末を用意できていないところはありました。その場合、保護者のパソコンを借用してしのいだ学校もあったのです。

公立でも冒頭で述べた神奈川県立生田高校は生徒のスマートフォンを利用していましたし、都立武蔵野北高校は各家庭のパソコン環境の調査を終えており、保護者のパソコンを借用すれば全生徒に配信が可能なことが事前にわかっていました。

私立の場合も同じだったのですが、環境が整備されていなくても代替の策はあったのです。それを利用したかどうかが「差」をつくったのです。

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生田高校は神奈川県教育委員会より、「ICT利活用教育推進モデル校」「ICT利活用教育推進スーパースクール」に指定されており、 最先端のICT教育を推進してきた有利さはありました。しかしながら、活躍したのは生徒個々のスマートフォン(スマホ)でした。

先生たちは休校が決まったその日から互いの授業を撮影し始め、YouTubeでの配信を実行に移しました。はじめはパソコンで動画を編集していたそうですがスマホでの編集のほうが簡単、YouTubeにあげるのもパソコンからよりスマホからのほうが短時間でできることに気づいたそうで、それも生徒から情報で学んだことだといいます。

「ムサキタに学べ」という言葉ができたほど、都立高校のなかでもオンライン授業をリードした武蔵野北高校の伊東龍司校長が、はじめにしたことは教員のためのタブレット端末の調達だったといいます。

「たまたまでしたが…」全生徒の家庭には環境が整っていることは秋からの調査でわかっており、残っていたのは先生の側だったのです。

授業ビデオの撮影はすぐに始め、YouTube配信の仕方やZoomミーティングの仕方は、情報の先生による講義で教員全員が共有しました。休校の間に配信した授業は高校3年生を中心に500本以上。おもな質問に答えるビデオも配信しました。

ホームルームは、毎朝9時から健康チェックもまじえてZoomで行いました。生徒が家庭で体を動かすための部活動ビデオも送りました。

その出来栄えや精度は、学校によって格差がありました。「教員の熱さ」がWebを通して生徒に伝わった学校があれば、少数ですが、結局プリントを送っただけで1カ月を過ごした学校もありました。

いわゆる困難校の場合、家庭に環境があっても生徒がZoomに顔を見せてくれず、「結局は家庭に電話した」こともあったそうです。

 

生徒がいてこその学校
先生に会えてこその学校

この間、先生たちは多忙を極めました。慣れないWebでのやりとりに疲労を隠せない先生もいました。しかし、先生たちを突き動かしたのは「Web上でもいいから生徒の顔を見たい」という欲求だったといいます。

緊急事態宣言が解除されてから、出席番号の偶数・奇数などによる分散登校が始まった初日、「(Zoomで)毎日会っていたから久しぶりの感じがしない」という生徒たちの笑顔が輝いていました。

デジタル検温器で生徒一人ひとりの体温を測っている先生に「先生、ネットでの授業ありがとうございました」という生徒がいました。受けた先生も笑顔です。

学校は生徒がいて、先生がいてこその学校です。

やっと、学校が動き始めました。

 

やまじ もとひろ
教育関連書籍、進学情報誌などを発刊する出版社代表。
中学受験、高校受験の情報にくわしい。

 


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