ブロードウェイの芝居を映画で観ることができる。これは楽しみだ、と松竹の試写室に向かった。
『シラノ・ド・ベルジュラック』を知らない人はいないだろう。この有名な芝居が初演されたのは、パリで1897年のことだという。戯曲はエドモン・ロスタンであり、主演のシラノをブノワ=コンスタン・コクランが演じ、400回以上も主演をした。
ニューヨークのブロードウェイでは、ガーデン劇場で1899年に翻訳された形で上演されている。
この映画で観させてくれるブロードウェイ再演版の『シラノ・ド・ベルジュラック』は、エドモン・ロスタンの戯曲をアントニー・バージェス(『時計じかけのオレンジ』他)が脚色・脚本翻訳し、2007年にリチャード・ロジャース劇場で上演された。演出は、デヴィッド・ルヴォー(『NINE』『屋根の上のヴァイオリン弾き』などでトニー賞受賞)が務めている。
主人公のシラノ・ド・ベルジュラックはケヴィン・クラインが演じている。ケヴィン・クラインは、映画『美女と野獣』でも有名であ
り、アカデミー賞・トニー賞W受賞など演劇界・映画界で活躍する名優である。
知らない人はいないだろうと書いたが、まだ『シラノ・ド・ベルジュラック』を知らぬ人のために、簡単なストーリーを紹介しよう。
シラノは、フランス軍隊に所属し、繊細な詩を綴り、人生観や世界観を饒舌に語る名手である。そのシラノは、気が強く絶世の美人で
あるロクサーヌ(ジェニファー・ガーナー)に恋心を抱いていた。しかし、自分の鼻が異常に大きく、見た目の悪さが気になり、恋を告白することができない。そんなとき、ロクサーヌが軍隊の仲間であるクリスチャン(ダニエル・サンジャダ)を慕っていることを知る。クリスチャンは美青年だが、言葉を操るような才は持ち合わせていなかった。そこで、シラノはクリスチャンの代行でロクサーヌへラヴ・レターを書き続ける。やがて、本当のことがロクサーヌへ伝わってしまう。
演出をしたデヴィッド・ルヴォーはインタビューで語る。
「示しているのは…、もちろん言葉の力、私たちを別世界へといざなう言葉の力も示しています。言葉が重要視されているからです。『シラノ』では美しいラヴ・レターが書かれます。だから私は言葉の祝祭のようだと思うのです」
シラノの口からほとばしり出る美しい詩の言葉が、われわれを魅了せずにはおかない。
そして、この映画で注目すべきが、ケヴィン・クラインの演技であろう。彼の目線をじっくりと追いかけてほしい。感情のコントロールを目で表現している。目で「語る」のである。ロクサーヌを見つめる眼差しと、クリスチャンへの目遣いに、よーく注意してほしのだ。
実際に劇場で観ている場合には、その目線に気づくのは観客席の位置によって難しいこともあろう。オペラグラスでもどうか? しかし、映画だからこそできるクローズアップがそれを可能にしてくれている。とくとご覧いただきたい。
さて、カーテンコールのあと、あなたは愛する上で、「中身」と「外見」と、どちらが大切と思われるだろうか。
鵜飼清(評論家)
2020年3月13日(金)東劇ほか全国順次公開
公式ホームページ:https://www.instagram.com/shochikucinema/
https://www.facebook.com/ShochikuBroadwayCinema
スタッフ:原作:エドモン・ロスタン/翻訳・脚色 アントニー・バージェス
演出 デヴィッド・ルヴォー/プロダクション・ステージ・マネージャー:メリーベス・アベル/ジェネラル・マネージメント:シャーロット・ウィルコックス・カンパニー/プロデューサー:スチュアート・レーン&ボニー・カムリー
装置デザイン:トム・パイ/衣装デザイン:グレゴリー・ゲイル/ヘア&かつらデザイン:トム・ワトソン
キャスト:ケヴィン・クライン、ジェニファー・ガーナー、ダニエル・サンジャタ
米国/2007/ビスタサイズ/141分/配給:松竹