アート&バイブル 54:エジプト避難途上の休息


オラツィオ・ジェンティレスキ『エジプト避難途上の休息』

稲川保明(カトリック東京教区司祭)

この絵の作者、オラツィオ・ジェンティレスキ(Orazio Gentileschi, 生没年1563~1639)はバロック期に活躍した画家です。娘のアルテミシア(Artemisia Gentileschi, 1597~1623)も優れた画家でした。

ジェンティレスキは、ピサに生まれ、1570年後半にローマに移り住み、風景画家のアゴスティーノ・タッシ(Agostino Tassi, 1565~1644)と交流を持つようになり、ロスピリオシ宮殿やクイリナーレ宮殿などの壁画制作に携わりました。そのほかにサンタ・マリア・マッジョーレ教会、サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ教会のフレスコ画などの制作に参加したのです。

その時代のローマにおいて頭角を現したのがカラヴァッジョでした。ジェンティレスキはこのカラヴァッジョと親友といってよいほど親密になり、その画風においても彼の影響を受けました。ジェンティレスキに限らず、カラヴァッジョなしにはレンブラントの作品も生まれなかったといわれるほど、バロック時代の絵画の寵児となったのが光と影の天才カラヴァッジョでした。

そのカラヴァッジョがローマを離れた後、その画風の影響から離れて、ジェンティレスキはより明るい色彩の絵画を発展させます。マニエリスムの影響を示すようになるのもこの頃です。1620年にはジェノヴァ、その後、マリー・ド・メディシスを描くためにパリへと移ります。そして、1626年にはイングランド王チャールズ1世のもとに行き、残りの生涯をイングランドで過ごし、ロンドンで没します。

 

【鑑賞のポイント】

オラツィオ・ジェンティレスキ『エジプト避難途上の休息』(1628年、キャンバス油彩、158cm×225cm、パリ、ルーブル美術館所蔵)

(1)聖家族がヘロデ王の迫害を逃れて、エジプトへと旅をする姿はジョットのスクロヴェーニ礼拝堂の壁画をはじめとして、数多く描かれていますが、ジェンティレスキの描いたこの作品は特筆に値します。それはカラヴァッジョの作品がそうであったように、上品で取り澄ましたような宗教画ではなく、リアリズムに徹した作風であるからです。大きな荷物を担ぎ、急いで逃げ出したヨゼフは本当に疲労困憊という姿で、倒れ果てたと思えるような姿で眠りについています。聖母も地面に直に座り、足を投げ出し、幼子に乳を含ませています。

(2)聖家族がいる場所はどこかの廃屋の内部のようです。窓のない壁の背後には白い雲の浮かぶ空が描かれていますが、浮雲のように行く先がわからないエジプトでの生活が暗示されているのでしょう。ほんのわずか、つたや雑草のようなものが崩れかけた壁を彩っています。

(3)幼子が右手に持っているものは一輪の白い花かもしれません。そしてその幼子を見つめている聖母のまなざしには、カラヴァッジョにはない、ジェンティレスキらしい「優しさ」が感じられます。この作品の暗さや不安を和らげているポイントです。

 


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