アンドレア・ボチェッリ―奇跡のテノール


オペラに興味がありますか? 私の父は大のオペラ好きで、イタリアオペラの日本公演があると、チケットを入手するために徹夜で並ぶことをいとわないほどでした。なので、子どものころからわが家では、父が書斎に入ると、大音響でオペラを流し、テレビの音が聞こえないなんてこともありました。そんな環境ですから、オペラは子守唄と化していました。今ではオペラ公演に行くことはありませんが、テレビやラジオで歌曲が流れると、聴き入ってしまいます。今回ご紹介するのは、そんな私の心を揺さぶった現在活躍中のイタリアを代表するテノール歌手アンドレア・ボチェッリの半生を描いた映画『アンドレア・ボチェッリ―奇跡のテノール』です。

イタリアのトスカーナ地方の小さな村で男の子が誕生します。親族は大喜びです。ところが、5か月になろうとするアモスと名付けられたその子は、とにかく泣きっぱなしなのです。心配した両親は病院に連れて行き、先天的な緑内障であることが判明します。何度も手術をし、なんとか失明は免れたものの、極度の弱視となってしまいます。手術後、目の包帯をとろうとするアモスが隣の部屋から聞こえるアリアに聴き入ります。これが彼の音楽との出会いでした。

その後、寄宿制の盲学校に入学し、明るく過ごしていたある日、授業中に行われていたブラインドサッカーのボールが目に当たり、失明してしまいます。これまでかろうじて見えていたものが見えなくなってしまい、不自由な生活の中でアモスは、家族を困らせるような行為ばかりしてしまいます。そんなときのエピソードの一つがバケーションに行く途中、「神様はいない」と公言してしまうことです。母親は神を冒涜するような発言をやめるようにいいますが、彼は聞き入れません。

そんな状況のアモスに叔父ジョバンニ(エンニオ・ファンタスティキーニ)は、歌が好きで、上手なアモスを音楽コンクールに連れて行くと、見事に地方代表としてコンクールに出ることが決まります。そしてコンクールでも優勝します。しかし、幸せは長くは続きません。叔父の友人の結婚式でアヴェ・マリアを歌っている最中、声変わりの影響で高音が出なくなってしまいます。このことがきっかけとなり、盲学校で親しくしていた友人が弁護士を目指すと言っていたことに触発され、弁護士を目指します。

無事に大学に進学し、苦労して弁護士の道を進み始めたアモス(トビー・セバスチャン)は大学の友人と音楽を楽しむようになっていました。そして自立を目的として、バーでピアノの生演奏しているとき、客からのリクエストで歌声を披露します。その歌声は評判になります。バーのピアノの調律にきていた調律師から、数々の有名オペラ歌手を育てたスペイン人の歌唱指導者、マエストロ(アントニイ・バンデラス)を紹介されます。これによってアモスは変わっていきます。歌の道に生きることを決めるのです。マエストロの厳しい指導に臨み順調に実力を伸ばし、キャリアを積んでいきます。

バーで出会ったエレナ(ナディール・カゼッリ)との恋愛も順調です。そんな時、イタリアを代表するロック歌手ズッケロから競演の話が持ち上がります。それまで世界三大テノール歌手のパヴァロッティと組み、公演をしてきたズッケロがアモスと共演したいというのです。これで独り立ちの歌手として生活するメドがついたと喜び、エレナとの結婚に踏み切りますが、またもや試練の道が始まります。気まぐれな音楽業界に振り回され、仕事が何か月もない状況の中で、エレナとの関係もギクシャクしてきてしまいます。

さて、ここからは観てのお楽しみです。アモスは、独り立ちの歌手として歩んでいけるのか、エレナとの関係は、ぜひ劇場に足を運んでください。なんといってもこの映画の魅力は、アンドレア・ボチェッリに歌がふんだんに盛り込まれ、美しい歌声の中に埋没できることです。イタリアの美しい景色も魅力的です。

アンドレア・ボチェッリの自伝をもとに描かれた作品で、彼自身も満足する作品だといっているそうです。壁にぶつかっても、周囲の人に助けられながら、自らの信念をもとに歩んでいくアモスの人生にきっと心うたれることでしょう。

また、要所要所に流れる「椿姫」の「乾杯の歌」や「トゥーランドット」の「誰も寝てはならぬ」だけでなく、誰もが知っている「オー・ソレ・ミオ」、モーツアルトの「主をほめたたよ」やシューベルトの「アヴェ・マリア」などなど、音楽の世界に誘ってくれます。

(中村恵里香:ライター)

11月15日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開
公式ホームページ:http://bocelli.ayapro.ne.jp/

監督:マイケル・ラドフォード(『イル・ポスティーノ』)/原作:アンドレア・ボチェッリ/脚本:アンナ・パヴィニャーノ、マイケル・ラドフォード
出演:トビー・セバスチャン、アントニオ・バンデラス

2017年/イタリア/英語・イタリア語/カラー/シネスコサイズ/5.1ch/115分/原題:The Music of Silence/©2017 Picomedia SRL./PG12
配給:プレシディオ/彩プロ


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

3 × three =