‏典礼音楽の転換点7 ピオ10世の自発教書 その1


齋藤克弘

 

‏ 少々長めの夏休みを自発的に(Voluntate)いただいたので、期間があいてしまいましたが、今回は、近代における典礼音楽の大きな転換点となった文書を紹介したいと思います。それが、タイトルにもあるピオ10世の自発教書 Tra Le Sollecitudini です。ピオ10世がこの自発教書で強く主張しているのは「音楽は典礼に従属するもので 音楽によって典礼が左右されてはならない」という点です。自発教書本文について解説をする前に、前回のトリエント公会議後の典礼音楽の進展に触れてみなければ、この自発教書の意味がしっかりと理解できないのではないかと思います。

‏ トリエント公会議は、前回も触れたように、対抗宗教改革とともに、教会の中からの世俗的な習慣の排除につとめました。典礼音楽も例外ではなかったのですが、トリエント公会議のカトリック教会(前回も触れたかもしれませんが「カトリック」という形容詞がこのように特定の教会をさすことばとして用いられたのはトリエント公会議後のことです)が対抗宗教改革、対抗プロテスタントを重要視したので、次のようなことが非常に強調されるようになりました。まず、第一はルターが始めたカテキズム、カテケージス(教理とか要理とも訳される)すなわち、教会の教えや信仰箇条に関連する事柄を、問答形式で教えていくことが始まります。次に行われたのは司祭養成機関、すなわち神学院(セミナリー)を作り、そこで司祭を目指す人たちに、ラテン語、哲学、神学を総合的に教えるようになったことです。トリエント公会議前は、大学などで教育を受けた司祭たちはかなり高い知識を持っていましたが、一方で、ミサや聖務日課を行うだけの司祭も数多くいました。そのような司祭たちは、残念ながら神学や信仰の深い知識が十分ではありませんでしたから、教会は、司祭を目指す人たちには、神学や信仰に関する知識を身に着けるようにしたのです。しかし、一方で「質疑」に対して「大全」で結論付けられた「回答」に反するものでなければ、すべて黙認されるという状況が典礼において行われるようになっていったのです。

少し、難しい話になったので、わかりやすく話を進めましょう。トリエント公会議では、司祭が一人でミサを行うことは「有効か無効か」が議論され、会衆が参加しないミサは無効であると主張するものは排斥される(ラテン語で Anatema sit と言います)とされました。それは、それで意味があったのですが、公会議から時間が経過すると、いつの間にか、司祭が一人でミサを行ってもミサは有効であり、会衆や聖歌隊は司祭のミサとは関係なく自分たちの祈りをしたり、聖歌をうたっても構わないと解釈されるようになってしまいました。

音楽の面でも、次第に歌唱だけではなく、オルガンや弦楽器、管楽器の伴奏、演奏が教会の典礼音楽にも導入されるようになりました。典礼音楽も歌唱だけなら、人の演奏だけなので、それほど長い曲も作れなかったのでしょうが、楽器の伴奏や演奏が加わると、例えば、マグニフィカトのように何節もある曲は、最初の一節は聖歌隊が歌唱して歌い、次の一節はオルガンなどの楽器が演奏する、ヴェルセットという形式が登場します。さらに、楽器が発展し、演奏者が多くなると、皆さんもご存じのような作曲家、バッハ、ヘンデル、ハイドン、モーツァルトと言った人たちが、楽器と歌唱を取り混ぜた典礼音楽を作曲していきます。彼らの作曲したミサ曲やモテット、カンタータ、あるいはテ・デウムなどは、テキストだけ歌唱しての演奏だけなら、それほど長い曲ではありませんが、そこに楽器の演奏が加わることで、一曲演奏するのに数十分の時間を要するようになります。これらの曲が演奏される間、司式する司祭は、自分の担当する典礼文の朗誦(しかもほとんどの場合が沈黙で一人での朗誦)が終わっても、演奏が終わるまで自席に座って待っていなければなりませんでした。

あるいは、サンクトゥスの場合、司祭が奉献文を無言で唱え始めると、聖歌隊は前半部分を歌い始め、一回目の“Hosanna in excelsis “を歌い終わると、司祭は聖別されたパンとぶどう酒の入ったカリスを高く奉じし(Elevatio)、それが終わると聖歌隊が後半の部分(Benedictus~)を歌うということも行われるようになりました。この時代のサンクトゥスはそのような理由から、Hosanna-Benedictus とタイトルになっています。

このように、典礼において、典礼の進行と音楽の演奏が関係なく行われる時代が、およそ150年続いていきました。それが教会の中でも何の疑問も持たれずに行われていたのです。それに、疑問をもち、終止符を打ったのが、20世紀の初頭に教皇に就任したピオ10世だったのです。

(典礼音楽研究家)


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