アシジの聖フランシスコ物語 4


小平正寿(カトリック田園調布教会協力司祭)

チェラノのトマスという方が書いた伝記があります。これはフランシスコのお弟子さんで、第一伝記と第二伝記があります。その第一伝記の中に次のように書かれています。7章のところに召命、召し出しについてこう書かれています。「福音の忠実で正当な、正しい奉仕者となるためには、福音的な召し出し、すなわち呼びかけ、お召しを十分に受けた者でなければならない」。お召しを受けた、お召しを受けているという自覚、その実感、それこそが大切であるということが書いてあります。そういうことで、今日は召命ということに光をあててご一緒に考えてみたいと思っています。

フランシスコ自身があのサンダミアノの十字架のイエス様からの呼びかけ、フランシスコも「私が何をするのをお望みですか、イエス様」とお祈りしたら、十字架上のイエス様から「私の家を修復してください」と声がありました。これは本当にはっきりとした召命、キリストとの出会いの具体的なみ声を聞いたということになります。もちろん、これが本当に大きな広い広い意味がそこに含まれているということが後で分かってきたわけです。

今の時代とフランシスコの時代はとてもよく似ているのではないかと思っています。今も世界中が本当に混沌としていて、いろいろなことが起こっています。

フランシスコの時代も大変でした。もう、あの中世の時代はとても狂乱的な、あるいは虚栄的な、そういう雰囲気でした。すごく楽しんで生きればいい、という雰囲気でした。都市国家として都市同士が独立していましたので、都市同士の戦争がいつもありました。アシジのフランシスコも隣の街のペルージアとの戦争に行きました。そして、その手柄によって騎士になることが若い時のフランシスコの野望であったわけです。最近のいろいろな戦争は国民全員が参加しますが、中世のフランシスコの時代は騎士の称号を持っていないと戦争に行けませんでした。一般の庶民は戦争に加わりたいと思っても加われないのです。すなわち、フランシスコの時代では戦争に行けることが一つの特権だったのです。だから、武勲を立てるためにはまず騎士にならなくてはいけなかったわけで、勿論、まだ手柄を立てる前にフランシスコは戦争に参加しました。それはやはりお父さんが富裕、お金持ちだったから、そういうことができたのです。鎧兜に身を固めて戦いの中に入ることができました。

そういう背景の中で、そのようなフランシスコがなぜ急に変わっていったのか、まさに呼びかけです。これは皆さんも伝記をお読みになってよくお分かりになっていると思います。最もやはり分かりやすいのは「フランシスコよ、あなたは家来に仕えるのと、主君に仕えるのとどっちがいいのか」「もちろん、主君です」と彼は主君の中の主君、唯一の神キリスト、三位一体なる神に仕えること、これを後でフランシスコは悟ります。そして、自分は神様に仕える騎士になるんだと、貧しさを選んでいきます。「貴婦人なる清貧よ」と自分は清貧と結婚したんだと言っています。


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