千葉茂樹著『映画で人を育てたい――マザー・テレサに魅せられて』


「今だからこそ見えてきた自分自身の取り組みの意味を問い直そうと思ったからでした」。2018年に85歳になった著者、映画監督の千葉茂樹さんは本書の執筆意図をそう語ります。この一文にある通り、まさに本書は千葉茂樹監督がこれまでの生涯を振り返った、映画人としての自伝です。そして、「映画をつくること」は「人を育てること」だと監督は言います。

千葉茂樹監督は1933年福島県出身。黒澤明監督作品『生きる』に衝撃を受け、映画業界に飛び込みました。1959年『一粒の麦』で脚本家デビュー、映画『哀愁の夜』『高原のお嬢さん』『モスクワわが愛』など脚本に携わり、以後監督として『あしたが消える:どうして原発?』など、社会問題を追及する映画作品製作のかたわら、日本映画学校(現・日本映画大学)校長、特任教授を務めた生粋の映画人です。AMOR読者の皆様の中には、世界名作劇場の『赤毛のアン』の脚本をやった人、というと親近感が湧いてくる方もいらっしゃるかもしれません。なおカトリック信徒として、現在はSIGNIS Japan(カトリックメディア協議会)名誉会長です。

『映画で人を育てたい――マザー・テレサに魅せられて』千葉茂樹著、燦葉出版社

マザー・テレサのノーベル平和賞受賞前、世界初となるマザーの本格的ドキュメンタリー映画『マザー・テレサとその世界』(毎日映画コンクール文化映画グランプリほか受賞)を制作したことがきっかけで、日本におけるマザーの紹介者となりました。

その製作期間中のこと。映画人として職業人として、千葉監督は取材の最中に聞いたマザーの言葉から学ぶことがあったといいます。それは神の愛の宣教者会の、とある終生誓願式での新米シスターたちへのマザーの言葉でした。

「今、皆さんは一人前の修道女になりました。しかし、ソーシャルワーカーという職業に就いたわけではなくて、あなた方が選んだ生き方を通して、貧しい人、苦しんでいる人、病んでいる人に生涯を捧げるということです。そして、その生き方に喜びを見出すのです」。

普遍的なメッセージを持ったその言葉は、監督にとっては、「映画を通じてあなた方に託された使命を生きなさい」と受け止められました。この出会いが千葉監督の問題意識を深め、「映画人生の指針」が決まったといいます。

原発エネルギーに比して極めて軽視される人間の健康、蔑ろにされる新しい生命、そして国境を越えて養子を迎える家族たちへと、また太平洋戦争終戦50年に際しては反日感情くすぶるオーストラリアで両国の和解を目指す人々など、そのまなざしは、紆余曲折と苦労を重ねつつも社会派ドキュメンタリーを次々と生み出していきます。

そのような歩みが、「映画で人を育てる」という真の使命へと千葉監督を導いたようです。

21世紀初頭から混迷うず巻く現代社会。映画は、そしてメディアは少数者への偏見をなくし多様性を認め合うために、どうあるべきなのか、あるいはどう読まれるべきなのか。そして、一人ひとりが発信者となった今、正しくメディアを扱うために必要なことは何なのか。そのような問いが問われ続けることが社会のために大事だと、千葉監督は言います。それがこれからの民主社会の成熟に必要なのは間違いがありません。「メディア教育はメディアを通じて多様な存在を理解し、受け入れることを目的としている」からです。

福島県双葉郡広野町での映像制作教育の「心の復興」という明るい成果を振り返って、監督はこう述べます。

「映画を通じて世界を愛したいと願った映画監督として、そうした未来を一緒に描くことは、最高にやりがいのある取り組みだと思っています」。

このような働きがこれからより力強く、そして大きなうねりとなって、子どもたち一人ひとりが未来を描いていけるようになることを願ってやみません。

石原良明(AMOR編集部)


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