バチカンをテーマした最近の本


バチカンに関する書籍として大きく分けて2種類あります。

(1)一つはカトリックの側からバチカンについて、ローマ教皇や教皇庁について概説的に紹介する書物。
(2)もう一つは、外から文化論、国際関係論の見地からバチカンの特性に注目し、歴史を含めてその特徴を論じる一般書。

このうち、(1)カトリックの側からのバチカン概説書には、戦後、精力的に何冊も本を書いた小林珍雄(こばやし・よしお。生没年1902~80)という人がいます。その人物と業績は注目すべきものがありますので、後日、別稿で扱うことにしましょう。

ポール・プパール著、小波好子訳『バチカン市国』(中央出版社、1979年)

カトリック側からのバチカン概説書としては、ポール・プパールの『バチカン市国』(小波好子訳、中央出版社、1979年、原著1974年)が最も整った書でした。もちろん原著1974年のものですので、教皇庁の各機関についての説明はもうすでに古いといえば古いのですが、第2バチカン公会議(1962~65年)による刷新の概要も浮かび上がり、1970年代段階の教皇庁について知るためにはなお有効です。

その後を知るためには、『新カトリック大事典』(研究社)の第2巻「教皇庁」の解説やカトリック中央協議会が発行した『カトペディア2004』を経由して、さらに(英独仏伊西などの言語が読めるとして)バチカンの公式サイトに向かえば、最新の教皇庁、もちろん、ローマ・カトリック教会の宗教的最高指導機関としてのその姿を把握することができます。

ここで紹介したいのは、近年発行された三つの新書です。どれも、国際世界におけるバチカン、すなわち国際関係の中で姿を表し、発信しているバチカン、そしてローマ教皇の役割に注目しています。バチカンや教皇の歴史がもつ意味について大胆な、斬新な視点も含ませながら、また最終的には、日本の一般読者のために日本の国や文化への反省もこめるという、刺激的なものでもあります。それは、教会の内部にいるもの、とりわけカトリック信徒にとって、自分たちの教会が世界の中で果たしている役割を考えさせる刺激にも富んでいます。

 

A)郷富佐子著『バチカン―ローマ法王庁は、いま』(岩波新書、2007年)

郷富佐子『バチカン―ローマ法王庁は、いま』(岩波新書、2007年)

2005年における教皇ヨハネ・パウロ2世の逝去とベネディクト16世の選出という教皇の代替わりをきっかけに、その当時のバチカンを活写した書。著者・郷富佐子(ごう・ふさこ)氏は、2003年6月から2007年1月まで、朝日新聞社のローマ支局長として、この教皇交代期を取材した方とのことです。今から思えば、一時代前の書となりますが、現代世界史に大きな足跡を残したヨハネ・パウロ2世時代の回顧と評価の試みもあり、またバチカン市国が身近になるような取材経験談も貴重でしょう。全体として、国際世界での教皇庁の存在意義を考えさせてくれる書です。

【章別構成】
序章 揺れるバチカン
第1章 法王の代替わり
第2章 バチカン探訪
第3章 ヨハネ・パウロ二世の時代
第4章 バチカンを見つめる世界の目
第5章 イタリアの中のバチカン
終章 教会はどこへ向かうのか

 

B)岩渕潤子著『ヴァティカンの正体―究極のグローバル・メディア』(ちくま新書 、2014年)

多面的な書で、バチカン論かと思えば、最後は日本の国や文化の行く末の提言までを含むので、驚かされる本ですが、カトリックの側から見ても、メディア論の観点からバチカンを捉えようという点で、大胆で刺激的な試論を含んでいます。キリスト教史、教会史に対する見方をかなり動かす論点があるといえるかもしれません。

岩渕潤子『ヴァティカンの正体―究極のグローバル・メディア』(ちくま新書 、2014年)

美術評論書もあり、文化政策論などを専門にしている著者・岩渕潤子(いわぶち・じゅんこ)氏自身がカトリック系の学校で育ったという経験や所感が、端々に披露されているところも興味深いものがあります。なによりもメディアとしてバチカンを捉える見方を主軸として、ラテン語を共通言語として、カテキズムという教えのパターン化を通じて全世界を結び、それ自体秀逸で最大のグローバルな知のネットワークとなったカトリック教会が国際世界の中でもつユニークな特徴を考えさせてくれます。“Think globaly, act locally”(地球規模で考えかつ地域的に行動する)を地で行っていたという評価は、教会内的に語られがちな世界宣教や典礼の意味を考えるための示唆に富んでいます。個々の視点をキリスト教史への新たな視点として仕上げていくのは、有意義かもしれません。

【章別構成】
序章 ヴァティカンとは何か
第1章 知の三位一体―知られざるヴァティカンの素顔
第2章 知の戦略―メディアとして不動の座の確立
第3章 永遠のヴァティカン
第4章 日本は何を学ぶべきなのか―参考になる反面教師と理想像
終章 文化立国の普遍的モデルとしてのヴァティカン

 

C)徳安茂著『なぜローマ法王は世界を動かせるのか―インテリジェンス大国バチカンの政治力』(PHP新書、2017年)

国際政治の面で類まれなる力を発揮する存在としてのローマ教皇、そして教皇庁(バチカン)の最近の姿を知るために好適の書。著者・徳安茂(とくやす・しげる)氏は1975年外務省入省の後、セネガル、ベルギー、モロッコ、マダガスカルなどフランス語圏諸国に勤務。2013年4月~2015年3月まで在バチカン日本国大使館公使を務めた方。外交畑で見る最近のバチカンの様子を伝えてくれます。現在も一般紙および『カトリック新聞』を通じて報じられる、ロシア、シリア、中国、北朝鮮、キューバなどの対応で注目を集める現教皇フランシスコの周辺事情を含めて、バチカンの存在感、その特徴を考えさせてくれる入門的な書といえるかもしれません。著者自身がフランシスコに惹かれている様子も伝わる点から、人間味も感じさせる本文となっています。

徳安茂『なぜローマ法王は世界を動かせるのか―インテリジェンス大国バチカンの政治力』(PHP新書、2017年)

バチカン論の主軸にはインテリジェンス大国バチカンという見方で、前掲の岩渕氏の著書と重なる観点があります。インテリジェンスとは単なる情報(インフォメーション)というだけでなく、機密情報、諜報というべきもので、全世界のキリスト教徒、カトリック信者を擁護する指導機関という特性から、世界各国の事情に、単なる政治的利益の観点からとは違う情報をもち、その収集・蓄積・分析に長けてきた機関としての特性とそのソフトパワーとしてもつ現代世界における役割に注目するものです。このような観点は、キリスト教徒、カトリック信者にとって、また、教会と一般社会の間をつなごうとするメディア活動にとって啓発される点が少なくないでしょう。

【章別構成】
はじめに ひそかに世界を動かすバチカン
第1章 世界各国がしのぎを削る外交舞台
第2章 世界が熱狂するフランシスコ法王の素顔
第3章 少数精鋭のスピード外交と忍耐外交
第4章 インテリジェンス大国バチカン
第5巻 バチカンが誇るソフトパワー
第6章 日本とバチカンの深い関係
おわりに バチカンには新しい風が吹いている

(AMOR編集部)


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