1970年の3月に大阪万博が開幕した。そのテーマは「人類の進歩と調和」だった。お祭り広場のテーマ館にそびえるのが《太陽の塔》である。
岡本太郎はテーマプロデューサーに就任した時から「おれはテーマの“進歩と調和”には反対だ」と公言していた。「私は進歩に疑問を持っている」「人間なんて少しも進歩してないですよ」「人間的な生き方をしている人なんて、今日いないじゃないですか」と言っている。
それでは岡本は《太陽の塔》をどのように考えていたのか。「神聖感をあらゆる意味で失ってしまった現代に、再び世界全体に対応した、新しい『祭り』をよみがえらすことが出来たら。『祭り』であるためには神聖な中核が必要だ。太陽の塔はそのシンボルである。根源によびかけ、生命の神秘を噴き上げる。神像のようなつもり。それを会場の中心に、どっしりと根をはってすえつける。おおらかな凄みで、すべての人の存在感をうちひらき、人間の誇りを爆発させる司祭として」
この映画の関根光才監督は『太陽の塔』の企画コンセプトについて「日本と芸術であったり、日本人というものや現代の日本が失ったものについて考えたいと思いました。それは、私がNOddINという活動もしていて、3.11の震災後に、アーティストたちが集まって、社会的なメッセージを発信する作品制作をしているのですが、その哲学として『疑問を持つ』というものがあります。日本人は、社会のシステムに対する“疑い”がないから立ち上がる人もいない。それは不安になりたくないから信じたいと言う気持ちからだと思いますが、それは続かないんですね」と語る。
映画では岡本太郎に影響を受けた人々をはじめ、総勢29名へのインタビューを敢行する。芸術論だけではなく、社会学・考古学・民俗学・哲学の結晶としての岡本太郎が語られ、《太陽の塔》に込められたメッセージを解き明かしていく。
映画の中に出てくるキーワードは、◆岡本敏子◆メタボリズム建築◆パブロ・ピカソ◆ジョルジュ・バタイユ◆低次唯物論◆アンドレ・ブルトン◆贈与論◆アイヌ◆鹿(しし)踊り◆イオマンテ◆自発的隷従◆エティエンヌ・ドゥ・ラ・ボエシ◆南方熊楠◆無碍◆トルマ◆華厳経
私は大阪万博が開幕した3月に高校を卒業したから「♪こんにちは こんにちは 世界の国から」の歌が流れて、映像による万博は知っている。しかし、高校が全寮制(東京都立秋川高等学校)だったので、巷での流行にはすこぶる疎かった。西多摩郡(現あきる野市)という田舎での生活は、限られた敷地内(キャンパス)での青春でしかなかったし、万博は浪人中での出来事だった。
万博でひしめく近未来的なパビリオンは「科学の発展による豊かな文明の享受」を象徴する。その時代の真っ只中に居て、私はほとんどそれを感じないでいた。
私が岡本太郎に関心を持ったのは『沖縄文化論』を読んでからだ。それが大学生のときだった。それから『日本再発見』『神秘日本』などを読み続けた。
病院で手術を受けたとき、入院中のベッドでも岡本太郎の本が私を慰め、勇気づけてくれた。文章のなかに、私は岡本太郎の大きな「愛」を感じていたと言ってもいい。この映画『太陽の塔』では、《太陽の塔》に込めた岡本太郎の神髄を知ることが出来る。
3.11の年の6月に、私はカトリックに関わるSNNの仕事で釜石と大槌に行った。大槌では町がそっくり無くなった光景を目の当たりにした。唖然として立ち竦む私の眼に、1人で瓦礫のなかを歩くイエスが蜃気楼のように見えた。私はそのときに、生まれ変わらねばならなかったのかもしれない。
万博での《太陽の塔》をズレタ意識でしか感じ取れなかったいま、私は現時点での《太陽の塔》を意識し始めている。それは、岡本太郎をいま感じ取ることにもつながってくるだろう。
岡本敏子は岡本太郎について書いている。「『キリストはいい奴だ。』そう言っていた。『共感するところがある。だけどあいつの駄目なところは、十字架にかけられて、がっかりした悲しそうな顔をしている。それが良くない。十字架の上で、槍で突き刺されて、血だらけになって、にっこり笑っていなきゃ。——岡本太郎は、にっこりしてるだろ。』」
いま《太陽の塔》を見るとき、私にはそれが十字架に見え、磔刑のイエスを想うのだ。岡本太郎から新たに、福音のインカルチュレーション(文化内開花)という課題を授けられたように感じている。
鵜飼清(評論家)
参考資料『芸術新潮 大特集さよなら、岡本太郎』(1996年5月号)
監督:関根光才/製作:井上肇、大桑仁、清水井敏夫、掛川治男/撮影:上野千蔵
製作:映画『太陽の党』製作委員会/企画・配給:パルコ
©2018 映画『太陽の塔』製作委員会
2018/日本/日本語・英語・チベット語/112分
公式ホームページ:http://taiyo-no-to-movie.jp
9/29(土)、渋谷・シネクイント、新宿シネマカリテ、シネ・リーブル梅田ほか全国公開