書店に行って驚いたのですが、「食」に関する本のコーナーがつくられて、いろいろな種類の書物が並んでいました。それらは健康に関するもので、「食事術」やら「カラダに良い食のレシピ」といった実用的なものがあります。なかには、「腸は第2の脳」である」といったカラダの内部へ目を向けたものもあります。食べ物と腸という内臓器官との関係が、いままでの医学では捉えられなかったメカニズムとして明らかになってきています。NHKでは「人体」といった番組で健康への意識を高めています。「健康長寿への挑戦」とかが取り上げられ、人々はとにかく健康で長生きしたいのだなと感じました。
医学の父と言われるヒポクラテス(紀元前5~4世紀)は次のような格言を残しています。①汝の食事を薬とし、汝の薬は食事とせよ。②食べ物で治せない病気は医者でも治せない。③食べ物について知らない人が、どうして人の病気について理解できようか。
「食」の語源は、人に良いと書きます。人のカラダは、何を食べるかで結果が決まってくるとも言われます。そこで「食育」ということが注目され、「食」に関する意識が高まってきたのでしょう。
私たちが食べている食材は、確かに農薬で汚染されていたり、化学肥料や遺伝子組み換えによって、かなり変化してきています。それがカラダに悪いことが専門家によって明らかにされてきました。「パンと牛乳はすぐやめよう」といった内容の本も読まれているようです。パンは小麦に問題があり、牛乳は乳牛が食べる餌などに問題があるということです。
私にはこうした現代の風潮に対して甦ってくるものがあります。それは私が編集した1冊の本です。『農薬を使わない野菜づくり』という徳野雅仁さんが著した本です。徳野さんは漫画家で、家庭菜園をしていました。本の奥付に1980年4月2日発行とあります。当時は家庭菜園をはじめる人たちが少しずつ増えていました。そうしたなかで、農薬を使わないで野菜を育てるということに注目されたのです。
徳野さんは、文芸春秋漫画賞を受賞したばかりでした。得意のイラストで分かり易く説明された『農薬を使わない野菜づくり』は朝日新聞の家庭欄で紹介され、広く人々に読まれていきました。
私は、この本をつくるときに「食」ということへの関心が高まりました。そして、自然のなかであるがままに育てることが一番大切なのだと知りました。キュウリは曲がっていてもいいし、トマトは歪んでいても美味しいのです。無耕転栽培するなかで、農薬など使わなくても、野菜は育っていくことを教えられました。
「食」を考えるとき、いまでは地球環境についてまで思考を巡らさなければなりません。レイチェル・カーソンの『沈黙の春』は、農薬で利用されている化学物質の危険性を取り上げて話題になりました。「食」ということへの関心を持続することが、生きとし生けるものたちの生命をどのように守っていくのかを考えることなのだと、いま改めて意識しているところです。
鵜飼清(評論家)