キム・パフェンロス著『ユダ・失われた弟子のイメージ』


イエスを裏切った弟子として有名なユダ。最後の晩餐の絵でも、その裏切りが予告されるとあって、その場でも注目される登場人物である。しかし、その存在、意識、思いなどどのように解釈されるべきであるか、ユダ像について果敢な挑んだ著作の紹介:

キム・パフェンロス著『ユダ・失われた弟子のイメージ』

Kim Paffenroth, Judas: Images of the Lost Disciple (Louisville: Westminster John Knox Press, 2001) xv+207 pages.

福音書の人物、イエスを裏切ったユダと聖書の後の文学における変貌についてはいくつかの研究書がすでに存在する。その他にも、著者が指摘するように、ユダの行動についての文学的考察が存在する。著者は福音書の記述を精査することによって、ユダが実際にどのような人物であったかという「史的ユダ」の問題を突きつめるのではなく、福音書とそれ以後の物語世界の歴史の中でユダがどのように取り扱われ、そのイメージがどのように多様化されていったかを探ろうとしている。本書は、こうして、ユダ伝承がどのように編集されて福音書の受難物語に組み入れられたのかというような聖書学的研究というよりは、福音書のユダが後の文学の中でどのような変貌をとげたかを探究した研究書である。

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著者はまず福音書の記述を分析し、それらの間の差異を検討し、それぞれを後のユダ像の展開に結びつける。「罪人の原型・恐怖の対象」、「悪人・憎悪と嘲笑の対象」はすでに福音書の記述にその起源がある。「悲劇の主人公」は福音書には見られない要素が加えられたものであり、「改悛者・希望と模倣の対象」はマタイにかすかな起源をもつものである。

ユダの裏切りはパウロによってまったく言及されていないし、彼の神学においてその意義も考察されていない。ユダの物語の発端はマルコ福音書の受難物語のはじめの彼の裏切りについての簡単な記述(マルコ14・10〜11)とイエス逮捕時の役割の記述(同14・44〜45)である。ここからすでに新約聖書の正典内でも、ルカによって、さらにその後もユダの伝承は発展していく。しかし史実的には彼の裏切りと彼の死に結びつけて伝えられた「血の畑」(マタイ27・7および使徒言行録1・18)の由来伝承以外は何も知らないのである。

著者によれば、始源的物語には後の物語の展開を可能にした曖昧性がある。ユダの裏切りは救済史における神秘であるとともに、人間の本質の影の側面についての根源的な暗示であると言える。多くの場合、キリスト教の伝統においてユダは典型的な悪人、サタンの力に完全に捉えられた罪人とみなされている。

マタイやルカが彼の物語をそのような方向に向け、ダンテは『神曲』において、ユダを永遠に地獄で苦しむ人物に見立てている。ヨハネはユダの物語に公金横領の要素を付け加えたが、そこから中世になると反ユダヤ人主義的伝承が生まれる。

しかしこれらばかりではない。グノーシス主義者たちは彼をイエスの真実な弟子とみなし、彼が他の弟子たちとは違ってイエスが何者であるかを知っていた人物で、彼が神のもとに行くのを早める助けをしたと考えた。中世ではユダの伝承がオイディプスの悲劇と重なり、ユダがその行動によって自分の運命に自分で貢献したと考えられた。こうした伝承の中にはユダが自分の運命を知って、それを避けようと試みたのだとするものも現れた。

19世紀と20世紀、世俗化現象が進むと、芸術家たちは伝統的なユダ像に捕らわれず、ユダの裏切りについて近代人の精神にも受け入れられるような心理的説明を行い、彼が地上での王国建設を拒否したイエスに失望した革命家あるいは愛国主義者と描くようになった。マタイだけが描く、意味が曖昧なユダの後悔による自殺は、伝統的には彼を呪われた者としてきたが、後に、ユダは後悔の故に赦されるのだとするものが現れた。それ故、彼は究極的罪人として、罪人の模範と見なされ、11世紀ビザンティン帝国の偉大な聖書釈義家でオフリドの大主教テオフュラクトス(生没年 1050頃~1107/08)、近代では18世紀のバッハにおいて、この罪人は称賛されるべき人物だということになった。

著者はこのようなユダ像を一概に排斥するのではなく、救済におけるユダの必要な役割はキリスト者の霊的黙想の主題に値すると述べている。短い終章で著者が言いたいのは、おそらくユダは、我々普通の人間の中にも巣くっているということであろう。ところで、著者の整理と現代に至る包括的考察の中で教父たちのことはほとんど言及されていない。読者には教父たちがユダの問題をどう考えていたのかは気になる課題である。

(高柳俊一/英文学者)


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