グレゴリオ聖歌 8


齋藤克弘

 クリスマスの話題二題で中断しましたが、グレゴリオ聖歌の話題を続けます。音楽史でいうルネッサンスの頃から歌われなくなったグレゴリオ聖歌は、数百年の時を経て現代によみがえりました。フランス革命で廃墟になっていたフランスのソレーム修道院を再興したベネディクト修道会の修道士たちによってこの修道院でグレゴリオ聖歌による典礼が行われるようになりました。グレゴリオ聖歌の研究・復興運動はすでにほかの研究機関などでも行われていましたが、再興されたソレーム修道院では、グレゴリオ聖歌が本来歌われていたのは典礼の場であるから、典礼の祈りとして歌うことで本来の姿を表すことができるという考えに基づいて、グレゴリオ聖歌を自分たちの生活の一部である典礼の場で歌うことで復興したということが大きな特徴といえるでしょう。

ソレーム修道院で復興されたグレゴリオ聖歌は、典礼や聖歌の改革に力を注いでいたピオ10世の助力もあり、教会の最も重要な成果と

ピオ10世

して位置づけられます。そして、20世紀の初めにはグレゴリオ聖歌の規範版(教会の公式の書物)が発行され、ソレーム修道院の歌唱法が教会の標準的なグレゴリオ聖歌の歌い方として全世界の教会に広まりました。ソレーム修道院で確立された歌唱法が広まった理由はいくつかあげられると思いますが、まず、音符の長さが八分音符という、とてもシンプルなものであったことでしょう。その他にこれは音楽的なことではありませんが、グレゴリオ聖歌の誕生期とは違って、印刷した楽譜をだれもが簡単に手にすることができたこと、また、録音技術の発達によって、同じように多くの人が録音されたグレゴリオ聖歌を聞くことができ、楽譜と録音されたものを聞いて歌えるようになったことが考えられます。

その後、四線譜ばかりではなく、最初期の楽譜である「ネウマ譜」の研究が進み、四線譜による八分音符だけの音価(音の長さ)よりも微妙なニュアンスで歌われていたのではないかという推測がされるようになりました。グレゴリオ聖歌を研究する人々の中では、ソレームの歌い方は本来の歌い方ではないということが共通した認識となっています。

では、グレゴリオ聖歌の今後はどうなるのでしょうか。第二バチカン公会議という教会が現代にふさわしいあり方を議論した会議の後、祈りのことばはそれぞれの国や地域の言語で行われるようになり、各地で歌われる聖歌もその地域のことばや音楽で作られて歌われるようになりました。それでもグレゴリオ聖歌は基本的に教会の最も基本的な聖歌であることには変わりありません。

もう一つはグレゴリオ聖歌の歌唱法の問題です。ソレームの歌唱法は誰もが歌いやすいものであったことから教会に広まりました。しかし、この歌唱法はあくまでも19世紀の終わりのフランスの一修道院で考案されたものであり、歴史的にさかのぼることができるものではありません。ですから、グレゴリオ聖歌の本来の歌い方とは異なることもまた事実です。とはいえ、研究者の提案する歌い方も、多くの人が簡単に歌えるような歌い方ではありませんし、四線譜でしか書かれなくなった時代のグレゴリオ聖歌は、ネウマ譜の歌い方では歌うことができず、祈りの整合性(典礼という一つの祈りの流れ)を考えると、異なる歌い方で祈りを統一するということはできません。加えて、ネウマ譜を研究していったとしても、録音が残っていない以上、ネウマ譜の確立期の歌い方とまったく同じ歌い方を再現することができるという保証もありません。

こういうふうに書くと、否定的なように思われるかもしれませんが、やはり一番大切にしなければならないのは、グレゴリオ聖歌の復興に力を入れた教皇ピオ10世が願ったように、祈りに集まった人がこころを一つにして歌える歌い方が大切なのだと思います。人類(ホモ・サピエンス)の本来の食が肉食だったからと言って、現代の人類が昆虫や野生動物の肉を生で食べることができないように、グレゴリオ聖歌の誕生期の歌い方が現代の教会の祈りとしての歌い方としてふさわしいかどうかも考えてみることも必要でしょう。

教会がグレゴリオ聖歌を祈りの歌として最もふさわしいものであると考えているのは、そこで歌われる祈りのことばを最も美しく表現する品位ある音楽であることが一番の理由ではないかと思います。その反面、グレゴリオ聖歌で使われていることばはほとんどがラテン語であり、だれもが生活のことばとしては使っていない言語です。それはどの民族にも国家にも帰属しない客観的な言語であると同時に、だれもが話さない生活とはかけ離れた言語とも言うことができます。この点も長所と短所が併存しますが教会が祈りの歌として勧める一つの理由と考えることができるでしょう。

グレゴリオ聖歌についてのお話、少し尻切れトンボのようですが、今後のことは研究者の努力と教会の実践に委ねることにしましょう。次回からは、皆さんも名前はよくご存じの「ミサ曲」についての話をしていきたいと思います。

(典礼音楽研究家)


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