スペイン巡礼の道——エル・カミーノを歩く 12

7月22日(水) 霧のち晴れ

ペドロウソ~サンチアゴ・デ・コンポステーラ(19km)

4:50出発、8:35~9:00サンマルコス、9:30モンテ・ド・ゴソ、10:00サンチアゴ入口、10:40大聖堂、10:50巡礼証明発行オフィス、11:50ペンションジラソル着

いよいよ最終日、やはり心が躍る。4:50に出発する。2時間ほどでラバコージャの飛行場(サンチアゴの空港)を過ぎ、ユーカリとアカマツの林の中を歩いてゆくとTV局の建物が見えまもなくサン・マルコス村だ。

時折反対から歩いてくる巡礼者に出会う。歩いて帰宅する正式な巡礼者たちだ。バルでクロワッサンの朝食を摂る。ここから登り坂を登りきると左に大きなモニュメントが見えた。ヨハネ・パウロ2世が訪問した記念碑だ。ここまで来ると既にサンチアゴの郊外と言った風情だ。

ゆるやかに下りながら進むと徐々に街並みが整い、清潔で瀟洒(しょうしゃ)なサンチアゴの市街に入って行く。町の中を矢印サインに従ってしばらく進むと旧市街に入り、行く手に工事中の大聖堂を見る。町は殷賑(いんしん)を極め、多くの観光客や巡礼者でごった返している。

ようやく証明書発行オフィスの場所を探して行列に並ぶ。30分程度で順番が来て Hiroya Hirano と記入したコンポステーラを手に入れる。1ユーロの寄付をする。

        

そのあと大聖堂の中を見学、鎖にぶら下がった大香炉を見る。昔は巡礼者はここに着くころには浮浪者のように匂いがひどかったのでこの香炉で香油を撒いたと言うことだ。

ホテルにチェックインし、ルーチンのシャワー、洗濯を済ませてから町に出る。タコやポテトフライなどで昼食を済ませ、一旦ホテルに帰りシエスタ。ホテルのレストランで無事を祝い、乾杯してパエージャ、サラダなどで無事到着を祝う。

        

 

7月23日(木)

9:05サンチアゴ駅発マドリッド行き列車

前日、スペイン国鉄のチケット売り場で思わぬシステムダウンに遭い四苦八苦して購入したチケットでサンチアゴ駅からマドリッド行きの特急列車に乗る。車窓は砂漠化寸前まで乾燥した大地に時折ローマ時代の古城など見られ、ビールやワインを飲んでいるうち4時間ほどでマドリッド着。出発前日に決まったホテル、セルベロに投宿して長旅を終わった。


スペイン巡礼の道——エル・カミーノを歩く 11

7月21日(火) 晴れ時々曇り

アルスーア~ペドロウソ(18.8km)

5:25出発、8:10~8:40サルセダ、11:20ペドロウソ

目的地のサンチアゴに早く到着することで行列を避けて巡礼証明書(コンポステーラ)をもらうため20kmほど先のペドロウソ泊と決めて少し遅めに出発する。巡礼者が益々増え、殆ど行列状態だ。25日がヤコブ祭なのでそのせいもあるのかもしれない。

殆ど平坦な国道沿いの道をぞろぞろと歩く。一足のブロンズの靴と小石を積んだ石囲いがあり、古靴が置かれている。何かの祈りの意味なのか単なるゴミ捨てなのかは不明。また小石の山に写真やメモ書きなどが挟んである石積みにも出くわす。こちらはなくなった親族や友人への祈りの色が濃いようだ。

10人ほどの若者グループが大声で歌いながら歩いている。サッカーチームの応援歌なのかあるいは別の歌なのか分からないが時々シュプレヒコールをやっている。一人が薬缶をザックにぶら下げているのを見つけ、昔の縦走山行を思い出す。

ユーカリが益々増えてきた。葉は裏が白く細長いものが主だが新葉は丸く、まるで別物だ。一本の木に異なる葉がついているのがとても不思議。樹皮もバラバラに剥けてつるつるの肌をしているものが多い一方、ごつごつした厚い樹皮に覆われたものもある。油脂を多く含み揮発性の有機物を発散させるので度々火事を起こす。しかしこの火事では厚い樹皮だけが焼けるので樹体そのものに損傷がないらしい。

サルセダでやっとバルを見つけ朝食を摂る。イングランドから来たと言うご婦人と会う。昨日はレイコと言う日本人と一緒に歩いたとのこと。今日はモンテ・ド・ゴソ(サンチアゴ郊外)まで行くらしい。美人ママと7歳くらいの男の子が休んでいる。どんな動機で歩いているのだろうか。

昼前にペドロウソに着き昨日予約しておいたペンション、エン・ルタ・SCQに着く。ここも2人づつの個室で一人13ユーロと安いがちゃんとバスタオルも付いてくる。昼寝のあと昼食と夕食に街に出る。魚、豆の煮込み、パスタ、豚肉で飲む。腹ごなしに近くのスーパーに寄り若干の食料を買う。

アラフォーの日本人女性に会う。友人はもうサンチャゴに着いたとこのこと。2人組だが別行動のようだ。この女性はフランスのサン・ジャン・ピエ・ド・ポーから歩いてきたそうだ。サンジャンからサンチアゴは780kmなので我々の倍の道のりだ。1か月ぶりに日本人に会ったとのこと。昼に聞いたレイコさんかと思ったがどうやら別人らしい。どんな動機で1月余も歩き続けているのかは知る由もない。夕食はハムとサラダにタコとあさりのニンニク炒めで軽めとする。

 


スペイン巡礼の道——エル・カミーノを歩く 10

7月20日(月) 霧、小雨後曇り

パラス・デ・レイ~アルスーア(28.7km)

4:50出発、8:25~9:30メリデ、11:10~11:40カスタニエダ、13:20アルスーア

今朝も霧が湧き、小雨も降り出した。初めて雨具を着る。お蔭で涼しい。2時間ほどでレボレイロという小村に着く。小さな教会兼お墓の横にケルト文化特有の萱葺き屋根の建物のミニチュアが飾ってある。

ローマ時代の小橋を渡って間もなくタコ料理で有名なメリデに着く。メニュー看板につられて小さなバルに入り朝食を摂る。街中に入り、銀行を見つけて300ドルで257ユーロ買う。

 

いくつか昔の街道を髣髴(ほうふつ)させる石橋を渡ってアップダウンを繰り返しながら今日の目的地アルスーアに近づく。林相が変化し、ユーカリが目立つようになる。

相変わらず牛が我が物顔に村の中の巡礼路を歩き、いつも下を見ながら糞を踏まないように注意する。途中カスタニエダ近くのバルでコーラタイムとする。すっかりコーラが定着した。

 

アルスーアを示す石標があり、目的地に近づいたことが分かる。

街中に入るとインフォがあったのでそこで今日と明日の宿を紹介してもらう。旅も10日以上経ち、同じことの繰り返しで単調さに飽きはじめていたのでアルベルゲより上等なペンションを探してもらう。

紹介されたマソン・ド・ペレグリノを見つけ久しぶりに2人づつ個室に入ることができた。バス、トイレにタオル付の快適さだ。一人20ユーロを1室20ユーロと聞き間違えるハプニングはご愛嬌。

昼食に街に出てプラタナスの棚の下のテーブルでタコのオリーブオイル焼きやイカのフライをつまみにビールを楽しむ。

 

 

 

 

 

 

スーパーで2人連れの日本人に会う。足を痛めたので荷物は次の宿まで車で送ってもらい、歩いているとのこと。輸送料は3ユーロと意外に安い。うち1人は既にサンジャンからサンチアゴまで歩いたことがあるらしい。2度歩くと言うのはどんな意図なのだろう。

一旦宿に帰り、夕食に再度街中へ。アルスーアチーズと言う地元産のチーズはカマンベール風でトロリとおいしい。焼きピメント、トルティージャ(スペインオムレツ)、サラダなどを食す。

 


スペイン巡礼の道——エル・カミーノを歩く 9

7月19日(日)

メルカドイロ~パラス・デ・レイ(28km)

4:50出発、6:30ポルトマリン、8:30~9:00ゴンサール、11:05~11:35リゴンデ、13:30パラス・デ・レイ
エル・カミーノ9-2エル・カミーノ9-1

出発してしばらく黄色の矢印を見失ったが、坂道を下ってゆくとポルトマリンのダムに行きあたり、正規の巡礼路に戻ってほっとする。

サンチアゴが近づくにつれて巡礼者が多くなり、国道に沿って単独者、グループ、2人連れなど三々五々歩いている。

 

エル・カミーノ9-4

ゴンサールのバルでいつものメニュー朝食。ポルトマリンからは300mほど登るので途中のリゴンデで一休み、コーラとフライドチキンを食べる。

ここからしばらくは下りとなりマツやヨーロッパナラなどの林を抜けて、国道沿いに進むとパラス・デ・レイに着く。今日は歩行距離が短いので皆比較的元気だ。

 

 

エル・カミーノ9-5

エル・カミーノ9-3

公営は混んでいたのでサンマルコスという民営のアルベルゲに入る。個室で一人15ユーロはこれまでで最も高いが、投宿者も多くなり需給関係で止むを得ない。

昼食に入ったバルでピクルス、タコと野菜の炒めものなどのタパスを取りビールで乾杯。

 

 

シエスタ後の夕食に入ったレストランではサングリアを飲む。シーフードスープ、ビーフステーキにハウスワイン、デザートにアイスクリームタルトと豪華版の食事だ。だんだん贅沢になってきた。

エル・カミーノ9-6

エル・カミーノ9-7エル・カミーノ9-8


スペイン巡礼の道——エル・カミーノを歩く 8

7月18日(土)晴れのち曇り

サモス~メルカドイロ(26.4㎞)

5:00出発、8:30〜9:30サリア、10:40バルバデロ、13:05〜13:25モルゲイド、14:40メルカドイロ着エル・カミーノ8

5:00出発。初めて霧の朝だ。暗闇の中、ヘッドランプに霧滴が流れる。2時間半ほど歩きサリアの街に着くころには晴れて来る。

サリアはサンチアゴまで100㎞ちょっとなので、巡礼証明をもらうためにここからスタートする巡礼も多く、にぎやかな街だ。

朝食にトマトペーストを塗ったパンを食べる。なかなかの美味だ。巡礼用品を売る店のウィンドウに黄色の矢印の看板が下がっており、行く手を教えてくれている。巡礼者の姿が描かれた壁沿いに登って行く。さすがにピカソエル・カミーノ8—2 エル・カミーノ8—1を生んだ土地柄だけある、と感心しながら写真を撮る。

さらにいくつかの村を通りブレアという小村に着く。サンチアゴまで100㎞と書かれた石標を見つける。これで行程の3分の2を歩いてきたエル・カミーノ8—3ことになる。

オレオと呼ばれる高床式の穀物貯蔵庫はケルト文化の名残でこの地方特有なもののようだ。モルゲイドでコーラを飲み一休みして1時間ほどで今日の宿泊地メルカドイロに着く。

アルベルゲ、メルカドイロは広々とした庭があり、レストランも併設されている。他の宿泊室に通じる通路だまりのような部屋だったが4人一緒に入れる。庭のパラソルの下でビールを飲んでいると50がらみのおばさんが話しかけてくる。サンフランシスコから来られた由で、どこまで行くのかと聞くと「I don’t know、カメラとお金があればどこでも良いの。巡礼ってそういうことよ」などととぼけていたが、話しているうちに荷物は今晩の宿舎、ポルトマリンのアルベルゲに送ったので、ここで休んでいることが分かる。写真を撮って雅子さんがメールアドレス交換をしている。レストランでタラの煮込みやチキン胸肉などガリシア料理を楽しむ。

エル・カミーノ8—5 エル・カミーノ8—4


スペイン巡礼の道——エル・カミーノを歩く 7

7月17日(金)晴れ時々曇り

オ・ソブレイロ~サモス(31.2㎞)

4:50出発、7:25ポイヨ、8:20〜9:00フォンフリア、9:30ビデユエド、11:05トリアカステーラ、14:30サモス

出発時は星が出ていたがやがてガスがかかり肌寒くなった。6日目にして初めての曇り空、あのぎらぎら太陽を思えば天国だ。しかし明るくなるころには晴れあがり、ポイヨに着く。

ほどなくサン・ロケ峠(1300m)を越え、フォンフィアという小集落に着く。直前でクレープおばさん(クレープをお接待のように捧げているが家に入るとお金を取るらしく結構有名人でちょっと魔女風の風貌だ)に会う。フォンフィアでトースト、コーヒー、ジュースの朝食を食べる。

ガリシアに入って急に牛糞が増え、牛が我が物顔に巡礼路を歩いている。うっかりすると牛糞を踏んでしまうので気を使う。朝霧で土が湿っているのでヒマラヤのように牛糞の埃を吸い込むことはないが干し草が発酵したような匂いがだんだん鼻についてくる。エル・カミーノ7-3 エル・カミーノ7-6

ガリシアに入ってから空気がしっとりし、頻繁に小集落が現れるので気がまぎれる。樹種も多くなり、ヨーロッパナラ、クリの巨木やシラカバ、ヤナギ、ナナカマド、ヒイラギ、アカマツなどを確認する。特にクリは名産のようで二抱えもあるクリにたわわな実がなっている。途中うんち禁止の珍しいサインを見る。うんちをしている人の上に斜めの赤い線を引いた物だ。とにかく茂みという茂み、場合によっては道端にトイレットペーパーがあり、著しく景観を損ねている。カミーノ友の会やEU、スペイン政府で手を打てないものか。エル・カミーノ7-2 エル・カミーノ7-1

700mほど標高を下げ、トリアカステーラのバルでコーラを飲む。中世、トリアカステーラの大聖堂建設のため巡礼者は採石場から1つずつ石を運ばなければならなかったという。

ここを過ぎると道が2つに分かれる。左の道は谷川沿いの道、右は見晴らしの良い県道を行く道のようだ。今日の宿はサモスに決めているので左の道を取る。道はオリビオ川に沿って穏やかに下ってゆく。墓があり、中を覗くと石棺が2段で入るような建物が並んでおり、そこに棺を納めるようだ。土葬なのかもしれない。エル・カミーノ7-7 エル・カミーノ7-5

渓流沿いに青空まで届くようにのびやかなポプラが育っている。2時半にサモスのアルベルゲ、バル・デ・サモスに到着。

洗濯物干し場が北の崖下で日が当たらないので道路を挟んだ橋の手すりにずらりと並べて干す。近くのバルでイカリング、ハムなどをつまみにビールを飲み、ぶらぶら歩いているとスーパーマーケットがあったのでそこで缶詰やチーズ、ハム、トマト、アスパラ、ワインなどを買って夕食は自炊とする。暮れゆく緑を見ながらゆったりと夕食を摂る。


スペイン巡礼の道——エル・カミーノを歩く 6

7月15日(水)晴れ

モリナセカ~ビジャフランカ・デル・ビエルソ(30.7㎞)
5:10出発、6:30-7:00ポンフェラーダ、7:50-8:10コロンブリアノス、9:20〜9:40カンポナラヤ、12:00ピエロス、13:40ビジャフランカ・デル・ビエルソ

エル・カミーノ6-2エル・カミーノ6-1暗いなか、国道に沿って歩き、間もなくポンフェラーダの市街に入る。ポンフェラーダはエル・ビエルソ 郡の行政、商業の中心都市でローマ時代からの鉄の街としても栄えた。城砦の高い壁が暗い空にそそり立っている。ポンフェラータの街を通り抜けるのに30分程かかる。

朝食のバルを探しながら歩いたが、なかなか見つからず結局2時間半も歩いてコロンブリアノスという田舎町に到着。客引きのお兄さんに導かれるまま、街道からちょっと引っ込んだバルに入る。

巡礼路を歩くと朝方必ず聞ける鶏の鳴き声がここでも聞けて何か日本の農村を歩いているような感慨にとらわれる。ボカディージョを食べながらふと電柱の上を見るとコウノトリに似た大型鳥がてっぺんに巨大な巣を作っており、あたりを睥睨(へいげい)している。巣の下側には別の小鳥が出入りしており、どうやらこの鳥は大家さんのようだ。

エル・カミーノ6-4エル・カミーノ6-3しばらく歩くと太陽が昇り急に暑くなる。カンポナラジャを過ぎ、一面のブドウ畑の中の一本道を行くとワイナリーがある。このあたりはビエルソ郡のワインの生産地のようだ。野生化したブドウを摘まんでみるとなかなかの味だ。長い巡礼路の中ではリンゴやブドウ、サクランボ、 ブラックベリーなどが慰めになる。

エル・カミーノ6-6エル・カミーノ6-5ローマ時代以来という道を歩いてカカベロス、ピエロスといった小さな村を過ぎようやく今日の目的地、ビジャフランカ・デル・ビエルソに到着。

名前の通り11世紀にフランス人が開拓した町のようだ。中世には教会や修道院も多数あり、巡礼路の重要な拠点だったらしい。壁にピカソエル・カミーノ6-8 エル・カミーノ6-7風の絵が描いてあったりマリア様と仏様が合体した一本づくりの大きな木彫があったりするちょっと怪しげなアルベルゲ、アベ・フェニックスに入る。シャワー、洗濯、昼寝のルーチンを済ませ、これまたルーチンのバルでのビールに続き、隣り合わせのレストランでポークチョップ、さやえんどうのスープ、ワイン、デザートの巡礼メニューを摂る。

 

7月16日(木)晴れ

ビジャフランカ・デル・ビエルソ~オ・ソブレイロ(30.5㎞)
4:55出発、6:40〜7:20トラバデロ、8:45〜9:10アンバスメセタス、10:30〜10:40ラス・エレリアス、12:00〜12:20ラ・ファバ、13:15ラ・ラグナ・デ・カスティージャ、13:50レオン州、ガリシア州境界、14:15オ・ソブレイロ

今日は標高1300mのオ・ソブレイロまで800mの登りとなるので5時前に出発する。暗闇の中、大声で話しながら歩くカップルのアメリカ人に会う。

渓流沿いの国道で新国道も並行して走っている。渓流に鱒を見る。トラバデロの入り口で持参したパンやバナナなどを食べ、これからの登りに備える。

エル・カミーノ6-10エル・カミーノ6-950人くらいの高校生が先生に引率されて歩いているのに出くわす。いくつかのグループに分かれており、 総勢200名ほど、ぺちゃくちゃ話しながら歩いている。マドリッドから来たらしい。夏休みの遠足で巡礼路の一部を歩くようだ。

これからオ・ソブレイロ峠に登るという道端でアフリカの楽器を叩きながらジュースを売っているおじさんがおり、どーも、とか、おいしいよ、とか日本語を話すので思わずオレンジジュースを買う。

エル・カミーノ6-12エル・カミーノ6-11アンバスメセタスのバルでクロワッサン、コーヒー、ジュースの朝食を摂る。道は徐々に急になり、歩みが遅れる。巡礼につきものの杖を売っている店がある。これからの登りに備えよ、ということか。

標高900mの街、ラ・ファバでコーラを飲んで一休みする。四国から来たというおじさんが元気に歩いてゆく。連れは別に歩いているらしい。

標高が上がるにつれて大きくうねる高原に拓かれた牧場が見渡す限り続き、のびやかで明るい山岳風景に心が癒される。道は尾根筋のようなところに続いており、これがガリシア風というのだろうか。レオン州の荒涼とした乾燥地と比べ海に近づいた分、湿度が上がったのか木々も心なしかみずみずしい。13:50に標高1300mのオ・ソブレイロ峠に着く。

エル・カミーノ6-14エル・カミーノ6-13ここがレオン州とガリシア州の境で、それを示す石標がある。写真を撮ってお祝いする。巡礼路全般にい えることだが落書きが多く、この石標にも無数の落書きがある。この道が世界遺産というだけに落書きと道端のトイレットペーパーの多さは残念な気がする。

やがてオ・ソブレイロの山頂に建つ瀟洒なアルベルゲに着く。高校生の大集団はここからバスで帰るらしく、疲れ切った顔で三々五々休んでいた。住民は30人ほどと極めて小さい集落だが、町おこしで作られた公営アルベルゲだ。ここにあるサンタ・マリア・ラ・レアル教会は9世紀に建てられた巡礼路中最古の教会とのこと。ここからサンチアゴに向かって巡礼を始める人もいるらしい。

宿近くのバルでタコの看板を見つけ、入る。タコの足をニンニクで炒め、岩塩を振りかけたシンプルな一品だが久しぶりに海の香りを見つける。ちなみにタコはプルボ、イカはカラマーレ(これは覚えやすい!)と言うらしい。ここからサンチアゴまでカニャ(生ビール)と並んで度々使う言葉となる。

エル・カミーノ6-15アルベルゲのチェックインは長蛇の列だったが1段ベッドでスペースも広く、しかも涼しいのでとても快適だ。その上1泊6ユーロ! 山上なので風景も素晴らしく、コース中最良のアルベルゲだった。定食の夕食を済ませ宿に戻り、洗濯物を取り込むため干し場に行くと山上だけに風が強く、パンティーやブラジャーなどが散乱していたがお馴染みの風景なので気にもならない。


スペイン巡礼の道——エル・カミーノを歩く 5

7月14日(火)晴れ

エル・ガンソ~モリナセカ(32㎞)

5:10出発、6:40ラバナル・デ・カミーノ、8:25〜9:00フォンセバドン、9:25鉄の十字架、10:40-11:05イラゴ峠、12:10〜12:25エル・アセボ、13:05リエゴ・デ・アンブロス、14:30モリナセカ、15:00アルベルゲ着

%e3%82%a8%e3%83%ab%e3%83%bb%e3%82%ab%e3%83%9f%e3%83%bc%e3%83%8e5-4%e3%82%a8%e3%83%ab%e3%83%bb%e3%82%ab%e3%83%9f%e3%83%bc%e3%83%8e5-1昨日調達したカップめんと紅茶(ここはビスケット、コーヒー、お茶はサービス)を食べて出発。同宿舎はかなり多く、中にはベルギーから2000㎞歩いてきたと言うグループや一人歩きの若い女性も混じっている。

エル・ガンソの標高が900m、今日はイラゴ峠まで600mの登りだ。暗い中、ヘッドランプにたくさんの手製十字架が道端の網に引っかけてあるのが浮かび上がる。巡礼の印のようだ。坂道を登って行くと石畳の道になり、そこがラバネル・デ・カミーノだ。数日前に見たキックスクーターのおじさんをまた見かける。標高が高くなるにしたがって木が少なくなり、ハーブのような針葉の植物やイネ科を中心の草が主な景観となる。

水場を通り過ぎフォンセバドンに入る。この村はかつて廃村だったが巡礼が盛んになるにつれ人が戻り、バルやアルベルゲも見られる。ここのバルで例によってコーヒー、ジュース、トーストの朝食とする。しばらく行くと山頂らしきところに大きな柱が見える。柱の周囲に巡礼者が出身地から持ってきたたくさんの小石が積まれており、てっぺんに小さな鉄の十字架がくくりつけてある。石積みを登り記念写真を撮ってもらう。

%e3%82%a8%e3%83%ab%e3%83%bb%e3%82%ab%e3%83%9f%e3%83%bc%e3%83%8e5-5小一時間歩くとイラゴ峠に着く。標高1530m、今回の最高点だ。峠には軽食と飲物を売る車で仮設バルが開店している。一休みののち、緩い下りとなる。1時間ほどで廃村のマンハリンを通り、国道と未舗装道を交互に歩きながら標高を下げる。尾根道のような気持ちの良い山路だ。太陽の攻撃がなければどんなに快適か、と思いながらどんどん下る。道端に十字架を表した石が置かれ、いかにも巡礼路らしい。

後ろから何やら近づいてきたので振り返ると馬に乗った巡礼者だった。マウンテンバイクの巡礼者も多く、時折、結構のスピードで追い越して行く。

300mほど下って来るとエル・アセボの村に入る。石畳の街道に沿って小ざっぱりした家が並び、バルやアルベルゲもあって、巡礼が盛んになるにつれ村も活気が出ているようだ。ひたすら標高を下げ、午後2時半に巡礼者の橋を渡って今日の目的地モリナセカ(600m)に着く。今日の高低差は1400m、今回の行程では最も長い1日となった。

%e3%82%a8%e3%83%ab%e3%83%bb%e3%82%ab%e3%83%9f%e3%83%bc%e3%83%8e%ef%bc%95-2%e3%82%a8%e3%83%ab%e3%83%bb%e3%82%ab%e3%83%9f%e3%83%bc%e3%83%8e5-3久しぶりに豊富な水をたたえた川を見る。川がせき止められ、プールのようになっており水浴びをしてい る人や川岸でビールを飲んでいる人も見かける。強烈な日差しを避けるため、プラタナスの上部を切って枝を横に這わせ、ぶどう棚のように作り上げた木陰でくつろいでいる人も多い。街中の広場に2009年6月ジャパン・スペインカミーノ友交記念と刻んだ石柱が立っているのに出くわす。そこを通り過ぎしばらく行くとアルベルゲ・サンタマリナがあり、そこを今日の宿とする。

%e3%82%a8%e3%83%ab%e3%83%bb%e3%82%ab%e3%83%9f%e3%83%bc%e3%83%8e5-6%e3%82%a8%e3%83%ab%e3%83%bb%e3%82%ab%e3%83%9f%e3%83%bc%e3%83%8e5-8出迎えた管理人が指さす方を見ると四国八十八か所めぐりの手ぬぐいが張り付けてあり、関連の日本語の本やら、町長が四国を訪れた時の新聞の切り抜き記事やらを見せてくれる。エル・カミーノは徒歩と馬は100km、自転車は200㎞以上を踏破するとサンチアゴで巡礼証明書をもらえるが、そのためにはアルゲベルデでパスポートを見せ、スタンプを押してもらう必要がある。しかしここでは四国めぐりの話をしながら受付を済ませた結果、おじさんがスタンプを押し忘れたのに気づいたのは数日後だった。

%e3%82%a8%e3%83%ab%e3%83%bb%e3%82%ab%e3%83%9f%e3%83%bc%e3%83%8e5-7シャワー、洗濯のあとベランダで乾杯。シャワーもベッドも部屋も清潔だがスペインは牛と馬の世界、ハエの多さには参る。ハエを追いながら乾杯。例によって午睡後、町のバルに繰り出しビールを飲んだ後、続いて夕食のためレストランに行く。川沿いのためか鱒のフライがメニューにある。今晩はサラダ、ステーキ、野菜スープに赤、白のハウスワインだ。


スペイン巡礼の道——エル・カミーノを歩く 4

7月13日(月)晴れ

プエンテ・デ・オルビゴ~エル・ガンソ(30.2km)

5:25出発、9:45〜10:00アストルガ、12:05サンタカタリナ、13:25エル・ガンソ%e3%82%a8%e3%83%ab%e3%83%bb%e3%82%ab%e3%83%9f%e3%83%bc%e3%83%8e4-1

昨日の暑熱に懲りて早朝発とする。暗い中、ヘッドランプを点けて国道に沿って歩く。時折トラックが疾走して行くので反射たすきをかけて危険防止策とする。暗闇の中から大きな道標が浮かび上がる。「サンチアゴ315km」とある。

しばらく歩くと道が2つの別れるが国道から外れるサンティバンイェス・デ・バルデイグレシアスへの道を選ぶ。アップダウンを繰り返し緩やかな坂を登って行くと大きな十字架(サント・トリビオの十字架)のある丘の上にでる。眼下にアストルガの市街が見渡せ、一休みにもってこいの場所だ。道端に生えている赤子のに%e3%82%a8%e3%83%ab%e3%83%bb%e3%82%ab%e3%83%9f%e3%83%bc%e3%83%8e4-3 %e3%82%a8%e3%83%ab%e3%83%bb%e3%82%ab%e3%83%9f%e3%83%bc%e3%83%8e4-2 ぎりこぶし大のリンゴを摘んでかじりながら歩く。酸味がおいしい。坂道を下ってゆくとアストルガの一画とも見える町、サン・フスト・デラ・ベガに着く。

道沿いのバルでトースト、コーヒー、オレンジジュースの朝食を摂る。アストルガは紀元前にローマ帝国によって都市が建設され、北西スペインの交通の要となった主要都市。城壁や浴場跡の遺構があちこちに見られ往時のローマ帝国の繁栄に思いを馳せる。急な%e3%82%a8%e3%83%ab%e3%83%bb%e3%82%ab%e3%83%9f%e3%83%bc%e3%83%8e4-5 %e3%82%a8%e3%83%ab%e3%83%bb%e3%82%ab%e3%83%9f%e3%83%bc%e3%83%8e4-4坂を登り、市街に入る。そろそろ牙を剥きはじめた太陽を恨みながら巡礼路を行くと、司教館として建設されたガウディの作品(今は巡礼博物館らしい)やカテドラルがブルースカイをバックに屹立している広場に出る。カテドラルは15世紀から建設が始まったが完成したのは18世紀でそのため建築様式もゴシックからバロックまで混在しているらしい(私には分からないが)。ここでエル・カミーノのシンボルであるホタテの貝殻を買い、ザックにブル下げる。これで完璧な巡礼者だ。%e3%82%a8%e3%83%ab%e3%83%bb%e3%82%ab%e3%83%9f%e3%83%bc%e3%83%8e4-7 %e3%82%a8%e3%83%ab%e3%83%bb%e3%82%ab%e3%83%9f%e3%83%bc%e3%83%8e4-6

巡礼路は次第に下り坂となりサンタカタリナの村を過ぎると木の十字架があり、今日の宿泊地エル・ガンソの村に入る。今日のアルベルゲ・ガビーノも民営らしくなかなか快適だ。シャワーを浴びた後、中庭で洗濯を済ませ灼熱の太陽に洗濯物を干して近くのバルに出かける。日陰のテーブルでビール、ワインにパン、ハム、ソーセージの昼食を済ませ、雑貨屋に寄って行動食を仕入れ、いったん帰宿し昼寝のあと、再びレストランへ。

石造りの涼しいレストランでピルグリムメニューを食べる。ピルグリムメニューはスターター、メイン、デザートの構成。スターターはサラダやマカロニなど、メインはターキーやポー%e3%82%a8%e3%83%ab%e3%83%bb%e3%82%ab%e3%83%9f%e3%83%bc%e3%83%8e4-9 %e3%82%a8%e3%83%ab%e3%83%bb%e3%82%ab%e3%83%9f%e3%83%bc%e3%83%8e4-8ク、ビーフなどにポテトや卵などとパン、それにワインや水、炭酸水など、いずれも数点の中から選べる。それにデザートはアイスクリームやタルトなどとかなり食べでがあるがお値段はどこでも8~10ユーロといたって安い。


スペイン巡礼の道——エル・カミーノを歩く 3

7月12日 月(日) 晴れ

レオン〜プエンテ・デ・オルビゴ(37㎞)

5:00起床、5:30出発、7:25~8:00ラ・ビルヘン・デル・カミーノ、11:00マサリフェ、15:00オルビゴ

5時に起床、暗い中、出発する。巡礼路は基本的に黄色の矢印に沿って歩くが街中はなかなか複雑だ。何7%e6%9c%8812%e6%97%a5%ef%bc%92 7%e6%9c%8812%e6%97%a5%ef%bc%91 度か間違えながら1時間ほどかけて市街を抜け、小1時間でラ・ビルヘン・デル・カミーノに着く。

街道沿いのバルで朝食にする。ボカディージョ(スペインのサンドイッチ。大きめのフランスパンにハム、チーズなどを挟んだもの)、オレンジジュース、コーヒーで6.5ユーロほど。多くの巡礼者が同じように朝食を摂っている。巡礼装束の修道士に引率された10名ほどの若者グループが食事前に聖書の一節を唱えながらお祈りをしている姿が目を引く。

30分ほどで出発、しばらく行くと道が2つに別れている。一つは国道に沿って進み、今日の宿泊地、プエンテ・デ・オルビゴに至るルート、もう一つは平原の中の未舗装一本道を歩き、ビジャル・デ・マサリフェを経由してオルビゴに至る道だ。%ef%bc%97%e6%9c%8812%e6%97%a5%ef%bc%95 %ef%bc%97%e6%9c%8812%e6%97%a5%ef%bc%94

迷っていると近くを歩いている巡礼グループの一人が「どこに行くのか」と聞いてくれたので国道沿いよりは未舗装路の方が静かに歩けるとの考えから「マサリフェへ行きたい」と言ったところ左の道を教えてくれたのでそちらに進む。

麦畑の中の単調な埃っぽい一本道で電線に1足の靴が引っかかっている。壊れたので投げ上げたのか、あるいは何かのおまじないなのだろうか。この後も何回か同じ光景を見た。あとから分かったがこちらの道が国道沿いより3㎞ほど長かったうえ、遮るものもない強烈な太陽光と土埃ですっかり参って15:00にプエンテ・デ・オルビゴに着く。 %ef%bc%97%e6%9c%8812%e6%97%a5%ef%bc%97 %ef%bc%97%e6%9c%8812%e6%97%a5%ef%bc%96

レオノール・トバール姫への愛の証として、この橋の上で166回挑戦者の槍を折ったというドン・スエロに因んで「名誉ある足跡の橋」の異名のある長いオルビゴ橋を渡っていると、自転車に乗った男が名刺をもって近づいてきた。名刺を見るとベルデという新設のアルベルゲらしい。有機野菜の食事提供(食費は寄付らしい)とヨガをやる、酒はないが町で買って持ち込んでも良い、とのこと。しばらく歩いた町はずれにそのアルベルゲを見つけたのでここを今日の宿とする。

昨日のレオンの宿が悲惨だったのに比べベッドルームも広く、トイレ、シャワーも清潔、風も良く通るの7%e6%9c%8812%e6%97%a59 7%e6%9c%8812%e6%97%a58 で快適そうだ。シャワールームの一画に「大学・中庸」の背表紙の本もあり、何やら東洋の神秘主義に憧れる宿主のようだ。シャワーを浴び洗濯を済ませたあと有機野菜もヨガも関心がない我々はビールが飲めるカファテリアを求めて街に出る。日陰の路上にテーブルを置いた店を見つけそこでハム、チーズをつまみにビールを飲んで生き返る。ひとしきり飲んでいるうち19時過ぎになったのでレストランを求め街をうろつくうち、肉屋を兼ねた食料品店のような店を見つけたのでそこでツナパイとワイン、ビールの夕食とする。足を引きずりながら宿に戻ると庭の芝生の上で10人ほどの宿泊者がヨガをやっている。洗濯物はすっかり乾いている。早目にベッドに入り就寝。