カトリック教会の広報の担い手とは?


土屋 至

2月19日に第26回「教会とインターネット」セミナーがzoom中継とリアル対面方式の両方つまりハイブリッドで開催された。会場参加者はスタッフを含めて20名ほど、オンラインでの参加は30名ほどであったか。で、いつものセミナーと違ったことは関東地区以外からの参加者が多かったことである。酒井司教のお膝元である関西地区のかたがたをはじめ福岡、広島、仙台からの参加者がおられたのはこれまでのセミナーとは全く違っていたことで、コロナの影響とは言え、思わぬ展開となったことを喜びたい。

さてこのあつまりを企画・参加して考えたことを書いてみたい。まず、このタイトルが示す内容である。「酒井司教様とともに教会の広報について考える」というセミナーのタイトルである。つまり、上からの方針を拝聴するという趣旨の集まりではなく、われわれ信徒とともに、(カトリック)教会の広報のあり方について「ともに考える」という姿勢があらわれているという点である。これは従来のこの分野のあり方を考える点では画期的なことだと思った。酒井司教の物腰の柔らかさを感じられる。

酒井司教(左)と、筆者。

私は会議の途中、教会の広報の担い手について図で示した。一番上に広報担当の司教がいて、その横に中央協議会の広報がいて、その下に各教区の広報担当者がいる。さらにその下に各小教区の広報担当者がいるというヒエラルキーを最初に示した。

そのほかに、例えばカトリック新聞をはじめとする出版メディア、『カトリック生活』『家庭の友』『聖母の騎士』『福音宣教』などの雑誌は先細りしつつもまだ健在である。

しかし考えてみたら、これらはいずれも残念ながら内向きなのである。つまり信者対象の教会の内側に向けたメディアなのである。もちろん、雑誌の多くは福音宣教を意識しているはずなのだが、そのメッセージの届く範囲は教会の中でしかないのが現状である。

特異な存在は「心のともしび」。このラジオ番組のライターをしばらくやっていたので少し中身がわかるのだが、早朝のラジオの軽妙なDJ番組の途中に突然「田園」交響楽の音楽とともに聖なる話しが流れる、というこの違和感が私にはまたいいと思うのだが、一般の視聴者はどのように感じているのか?

考えてみたらこの番組、50年ほど前には日曜の朝のテレビ番組だった。河内桃子さんのナレーションがすてきだったことをおぼえている。ずいぶんと隅っこに追いやられてしまったものだと思うのだが、この番組はカトリック教会の広報の中で唯一といってもいいマスメディアの中での広報番組なのだ。ごく普通の人たちの生活のまっただ中に届けられる唯一のメディアである。これを大事にしなければいけないと思うのだが、どうしたらいいのだろうか? 私はライターから外されてしまった。原稿をあまり書かなくなったせいなのだが…………。

カトリック教会の広報の担い手として新しく登場したのがSNSの存在である。これを通じて福音を発信しようとする人たちは少なくない。私もそのひとりであるつもりである。

これの特徴はほとんどが個人的な発信なのである。教会の公式な発言というのもないわけではないが、そのほとんどは個人的見解である。以前だったら(今でもそうだが)カトリックの名前のついた組織を作ることはなかなか難しい条件がついている。本来ならばSNS上で「カトリック」という名前のグループを作るのはちゃんとした認可が必要なはずである。

ところがSNS上には「カトリック」という名のグループがあって、けっこうなフォロワーがいる。私もそのひとりであるが、このグループは伝統的な信心業のお好きな方が多く、とても保守的である。福音宣教という意識がほとんど感じられないのが残念である。今回のセミナーの案内もこのグループにも流したが、まったくといっていいほど反応がなかった。「いいね」もほとんどつかないのである。

ところがSNS上で「福音宣教」という意識を持って発言する人はけっこう多い。自分がカトリック信徒であることを公言して自分の活動や生活上での気づきを発信している人がいる。

「広報の担い手」についての図。

そしてもう一つは片柳弘史神父のネット上での発言である。片柳神父のツイッターのフォロワーは10万を超えるとか。彼は雀や鳥の写真とか花の写真とかを発信し、それとともにキリスト教的なメッセージをツイッターでつぶやく。それにたくさんの「いいね」がたちまちついてくるのである。彼はあきらかに福音宣教を意識しての活動である。

この片柳神父を初め、SNS上で積極的に発信する神父やシスターも少なくない。信徒たちもけっこう多い。実はこういうSNS上で積極的に発信する人たちが新しい広報の担い手であると思う。こういう人たちでコラボしてたがいに「響き合う」メディアを作れないかとおもって、4年ほど前に「Good News Catholic」というSNSの創出を司教団に提案したことがあるのだが、教皇来日とその後のコロナ騒ぎに埋もれてしまった。

このセミナーの終わりにウェブマガジンAMORの紹介があった。このAMOR こそ、「Good News Catholic」に近い福音宣教を意識したメディアであると自負している。読者の対象を「キリスト教について知りたい人」と設定して発行し続けて5年になった。が、まだまだ内向けで読者のほとんどは信者の人たちである。ごく一般の人にどうしたら届くのか、いろいろと試行錯誤が続けられているが、なかなか突破口が見つからない。

酒井司教が、私の「広報の担い手」についての話をしたときに、こんなことを言われた。私の説明による、一番上に司教がいて、次の教区の広報担当者、一番下に小教区の広報担当者がいるというヒエラルキーの構造を逆にしたい、つまり広報担当司教が一番下にいて信徒がそれぞれの生活現場でになっている「広報活動」を最も下で支え、現場からしみ落ちてきたエッセンスを集めて、それをみんなで共有して、新しい広報戦略を考えるよすがとしたいと述べられていた。

私はそれを聞いて、この広報担当司教のもとに大いに働きたいと思ったものである。

 

土屋 至(つちや・いたる)
SIGNIS Japan 会長
聖パウロ学園高校「宗教」担当講師
至グッドニュースサービス代表

 


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