クレッシェンド


以前、日本で「NPO 聖地のこどもを支える会」を主催する方にお目にかかったことがあります。その方は、イスラエルとパレスチナのこどもたちを日本に呼び、日本のこどもたちと交流をすることで、平和への基盤を作る活動をしている方でした。またその活動は多岐にわたり、教育こそ、平和への礎であるという強い信念のもと、活動をされていました。日本に暮らしていると見えない世界がそこにはありそうな気がしたのですが、その後深く関わることなく、今に至っています。なぜ、イスラエルとパレスチナは憎み合い、紛争を止めようとしないのか、歴史や民族的背景がよく見えないので、わたしたち日本人にはわかりにくいのかもしれません。そんなことをふと思い出したのは、今回ご紹介する「クレッシェンド」という映画を見たからかもしれません。

Eduard Sporck(Peter Simonischek)

 パレスチナのある町で、懸命にバイオリンの練習をしている女性がいます。世界的に有名な指揮者エドゥアルト・スポルク(ペータ

ー・シモニシェック)が率いるオーケストラのオーディションを受けようとしています。このオーケストラは、普通のオーケストラではありません。今も対立が続くパレスチナとイスラエルから若者たちを選び、和平交渉が行われる南チロルで一夜限りのコンサートを開くという企画でした。このオーケストラに参加することは、彼らにとって、プロへの道が見つかるかもしれない大きなチャンスです。

 オーディションは、イスラエルのテルアビブで実施されるため、パレスチナ側の若者たちは、朝早くから厳しい検問所を通過してやって来ます。

公平な判断をしたいと考える指揮者エドゥアルト・スポルクは、衝立の陰で演奏し、音だけでジャッジする方法がとられます。 “目隠し”審査の結果、合格者の大半がイスラエル人になってしまいます。両地域から同じ人数を集めることに限界を感じたスポルクは、オーケストラから20余名の室内楽団へと変更します。

 数少ないパレスチナ人の合格者に、ヨルダン川西岸に位置する村カルキリヤから来たバイオリニストのレイラ(サブリナ・アマーリ)と、近所に住むクラリネット奏者のオマル(メフディ・メスカル)がいました。息子の才能を伸ばしてやりたいオマルの父親は大喜びしますが、レイラの母親は「戦車で家を壊す連中と一緒に演奏するなんて!」と激怒します。

 誰が聴いても群を抜いて優れた演奏者は、イスラエル人バイオリニストのロン(ダニエル・ドンスコイ)でしたが、スポルクはコンサートマスターを彼ではなくレイラを指名します。レイラはリハーサルをしようと指揮を執ろうとしますが、イスラエル側は彼女の言うことを聞こうとしません。それどころか、「アラブ人は敵だ!」「パレスチナはアラブ人のもの!」などと、たちまち怒鳴り合いになってしまいます。

 スポルクは、打開策として、本番までの3週間、イタリアの南チロルの山間部での合宿を決めます。彼らの憎しみと怒りを鎮めるために、リハーサルだけでなくグループワークを取り入れることにしました。まずは、ロープを挟んで二手に分かれ、動かず、触れず、5分間、相手への不満を叫ぶよう指示します。「テロリスト!」「人殺し!」と罵り合う中で、オマルとイスラエル人のホルン奏者シーラ(エーヤン・ピンコヴィッチ)だけは黙っています。まだ若く憎み合うほどの経験もなく、互いに好意を持ち始めていた二人に争う気持ちはありませんでした。

 その後も、スポルクは、若者たちにさまざまなセッション投げかけ続けると、その成果は徐々に音色に現れ始めます。

あと一歩と考えたスポルクは、彼の両親はナチスの残党で、戦後、南チロルからアルゼンチンヘと逃亡しようとして、途中で射殺されたと自分の身の上話を始めます。“ナチの息子”という汚名と闘ってきたスポルクは、ユダヤ人とドイツ人の和解などあり得ないし、生涯イスラエルの土を踏むことはないだろうと考えていましたが、このプロジェクトを引き受け、イスラエル行きを叶えることが出来たと話します。「共存は不可能じゃない」とスポルクは熱く語りかけます。

 「そんなのSFだ」と真っ先に拒絶したロンでしたが、やがてスポルクの「一歩を踏み出せ」という言葉に胸を打たれ、レイラに友情を込めた手を差し出します。ようやく、皆の心が繋がった瞬間です。一方、オマルの心は別の悩みに揺れていました。彼の才能を買ったスポルクから、ドイツの音楽学校への留学を勧められるのですが、貧しい家族を置いていくことなど考えられません。さらに、公演が終わると、シーラに会えなくなることにも胸を痛めていました。

 さまざまな想いが交錯しながらも、彼らは心をひとつにして素晴らしい演奏が完成します。そしてコンサート前日、若者たちは遂に最後のリハーサルを迎えます。

ここからはぜひ映画館に足を運んで観てください。コンサートは成功するのか、そしてオマルとシーラの恋の行方は、ロンとレイラはどうなるのか、思いもしない事件によって最後を迎えますが、そこには新しい関係が生まれていきます。

憎しみと怒りの関係がさまざまに変わっていくことを目の当たりにすることになります。埋まりようのないイスラエルとパレスチナの関係は、変わることはないかもしれません。でもこの映画の中には憎しみと怒りだけではない感情が描かれています。そこには愛があるのではないかと感じました。

 

1月28 日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほか全国公開

公式サイト:movies.shochiku.co.jp/crescendo/

スタッフ

監督:ドロール・ザハヴィ/脚本:ヨハネス・ロッター、ドロール・ザハヴィ/コンセプト:スティーヴン・グランツ、アート・ベルント、アリス・ブラウナー/原案:スティーヴン・グランツ、マルクス O. ローゼンミュラー/撮影:ゲーロ・シュテフェン

衣装:リカルダ・メルテン=アイヒャー/メイク:シモーネ・シュリム/プロダクション・デザイン:ガブリエレ・ヴォルフ/音声:オリヴァー・イェルギス/編集:フリッツ・ブッセ/作曲:マルティン・シュトック/プロデューサー:アリス・ブラウナー/共同製作:ミヒャエル・ツェヒバウアー、ペーター・トレンクヴァルダー、トーマス・ライサー & マルクス・マフーラ、ワリード・ナクシュバンディー、フランク・ホルデリート

 キャスト

ペーター・シモニシェック、ビビアナ・べグラウ、ダニエル・ドンスコイ、サブリナ・アマーリ、メフディ・メスカル、エーヤン・ピンコヴィッチ、ゲッツ・オットー

2019 年/ドイツ/英語・ドイツ語・ヘブライ語・アラビア語/112分/原題:CRESCENDO #makemusicnotwar/日本語字幕:牧野琴子/字幕監修:細田和江/配給:松竹

© CCC Filmkunst GmbH

 


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