こころを開く絵本の世界 10


山本潤子(絵本セラピスト)

贈り物

 街路樹のイルミネーションがひんやりした師走の夜空に映えるこの季節、12月に入ってすぐに友人の家を訪ねました。リビングには天井まで届きそうな大きなクリスマスツリーが飾られ、ツリースカートには既にいくつかのプレゼントの箱とカードが置かれています。「私も用意しなくては……今日持ってくればよかったわ」と、のんびり構えていたことを反省しました。同時に、毎年何を贈ろうかと同じ悩みを繰り返していることが可笑しくなってきました。プレゼントの相手は友人の娘さん、もう中学生です。このまま続けるべきかどうか見直す時がきたのかもしれません。

『賢者のおくりもの』 
原作:オー・ヘンリー、文/絵:いもとようこ、金の星社

 

 ジムとデラ、若い夫婦が仲良く暮らしていました。2人の暮らしは貧しいものでしたが、自慢できるものが2つありました。1つはジムが祖父と父から受け継いだ懐中時計、もう1つはデラの美しく長い髪でした。

デラは夫に懐中時計をぶら下げる鎖をプレゼントしたいと思っていましたが、買うお金が足りません。そこで、膝下まである美しい栗色の髪を売ることにしました。ジムが気に入っていた髪が短くなってしまい、「嫌われませんように」とデラは神様に祈るのでした。

ジムはデラの姿を見て立ち尽くしてしまいます。そして、動揺するデラにポケットから小さな箱を手渡します。中にはデラが欲しいと思っていた鼈甲の櫛が入っていたのです。デラもプレデントの鎖を渡しました。しかし、ジムの懐中時計はデラの櫛を買う為に売ってしまったのでした。

大事なものを手放した2人、相手の喜ぶ顔を思い浮かべて買ったものは当分使うことはありませんでした。一見愚かな行き違いのように感じますが、相手を想う気持ちは強く心に刻まれたことでしょう。

 

後書きにオー・ヘンリーの言葉が紹介されています。

「聖書に出てくる3人の『東方の賢者』は、馬小屋で生まれたばかりの『おさな子』に、

おくりものを捧げるためにやってきました。

これが世界で最初のクリスマス・プレゼントということになります。

おくりものをおくる人びと、うけとる人びとのなかで、

デラとジムのような人こそ『賢者』

―“相手をおもう最高のおくりものをした人”―なのです。」

 オー・ヘンリーのこの短編小説は絵本・文庫・児童書など、さまざまな形で刊行されています。朝の読み聞かせなどの限られた時間の中で紹介するには最適なボリュームですが、もっと詳しく読んでみたいと思ったら文庫もお勧めです。

 

 ところで、読みながら違和感を感じる場面が何箇所もありました。身体の一部である髪を切って売るという行為、髪が短くなったことで夫に嫌われないかと心配する妻、そして、革紐にぶら下がった懐中時計は人前で恥ずかしいという思考。この違和感に焦点を当てると、子どもたちに読んで良い絵本なのだろうか躊躇する人もいるかもしれません。

 しかし、オー・ヘンリーが書き下ろした時代には、このような価値観が当たり前だったのでしょう。今読んでいて違和感を感じるということもまた、古典を読む面白さなのだと思います。

 

さて、改めて「贈り物とは?」と、自分に問いかけてみました。若い頃、クリスマスの時期に親しい友達とプレゼント交換していました。大体の金額を決めて、相手の欲しいものを選ぶのです。普段からアンテナを貼っていないと簡単には決めることができません。

ある日、私は大型店のカバン売り場で機能的なリュックサックが気になっていました。新製品なのかモダンなデザインと収納力に目がいきました。何度か背中に背負ってみましたが、その時はまだまだ使えるバッグがあったので購入を諦めたのです。ところが、その年のクリスマスに友人から贈られたものは、そのリュックサックでした。大型店で躊躇していた私の姿を見ていたというのです。驚きと嬉しさがシャワーのように降り注ぐ瞬間でした。次の日からほぼ10年間、私はそのリュックサックを背負い続けました。ところどころ擦り切れ、落ちない汚れも目立ってきました。それでもまだカメラやレンズを収納し、写真教室の時には背負っています。

5年続いた年末のプレゼント交換、もう会えなくなった大切な友人の嬉しそうな笑顔が浮かんできます。贈り物は相手の喜びの笑顔が自分に返ってくる、自分にとっても最高のプレゼントなのかもしれません。

 

 ところで、形はなくても消えることのない贈り物もあります。私が小学校を卒業する時に父から贈られた詩です。すっかり暗記しています。

「一本の果てしないハイウェイの如く 希望の道を突っ走り、

小さきことにも慎重に 大事に当たりて全力を傾け、

昨日を振り返らず 常に明日に向かって、

前進、また前進。」

半紙に筆で書かれた卒業を祝う詩です。渡された時はなんと厳しい言葉だろうと思いました。母からもらったふわっと優しい詩と比べ、当時の私にはピンとこない世界観でした。私には似合わない言葉のように感じていましたが、親元を離れてからはこの父の詩が要所要所で私の背中を包み、時には窮地を救ってくれたのだと感じることが何度もありました。今は亡き父からの最高に賢明な贈り物だったのです。

 

季節の絵本

『ふくびき』 
くすのきしげのり:文、狩野富貴子:絵、小学館

 

 明日はクリスマス、幼い姉と弟はお母ちゃんがサンタさんに何もお願いしない事に気がつきました。そこで、お母ちゃんにバッグを買ってあげようと歳末大売り出しの商店街に行きましたが、2人のお小遣いで買えるバッグはありません。ポケットにあった補助券に気付いたのですが、補助券1枚では福引はできないのです。

諦めた2人ですが帰り道で落ちていた抽選券を拾いました。2人は引き返し、なんと、バッグを当てることができたのです。弟は大喜びですが、お姉ちゃんは誰かの券で当たった事に心が痛み、正直に話しバッグを返しました。すると、並んでいた大人たちが余っている補助券を次々に差し出し、もう一度福引をすることができました。今度は4等のケーキが当たりました。大人たちはバッグが当たることを祈っていたのでしょう。福引のおじさんにブーブー文句を言いますが、姉はみんなにお礼を言うとケーキをもらって家に帰りました。

家で心配していたお母ちゃんはお姉ちゃんから話を聞いて「ありがとう、ちょうどケーキを買いに行くところやったんや」と、2人を労います。優しいお母ちゃんの言葉に緊張の糸がプツンと切れ、ずーっと頑張っていたお姉ちゃんもやっと泣くことができました。一切れのケーキを3人で分け合い「甘い味も正直な味もするな」とおいしく食べたのです。

 

 毎年、この季節になるとどうしても読みたくなる絵本です。何度読んでも心があったかくなり、まだこの絵本を知らない人に紹介したくてたまらないのです。また、年々西洋化しつつある暮れの情景の中、「ふくびき」という日本の風習も忘れないで欲しいという思いもあります。

 

 「今夜はサンタさんがくる」と幼い姉弟ははしゃいでいたことでしょう。でも、ふと、お母ちゃんのことが気になり2人でバッグをプレゼントしようと閃いたのです。クリスマスプレゼントを「貰う」から「贈る」に思考を変えた2人の背景には、いつも自分のことは後回しにしている優しいお母ちゃんの姿がありました。

 子どもたちは寒い街で優しい大人たちの温もりに包まれました。そして、お母ちゃんにとって子どもたちの「正直な心」は最高のプレゼントだったに違いありません。

 

 ある暮れの絵本会でこの物語を読みました。「おしまい」と絵本を閉じ顔を向けると、何人もの人が涙を拭っていました。すると、70歳くらいの男性が手を挙げました。小学4年生のクリスマス、それはそれは寒い日にお母さんがプレゼントを買いに外に出たそうです。そして、帰ってきたお母さんの手のアカギレは本当に痛そうで血が滲んでいた、それを思い出したというのです。その情景を鮮明に語ってくださったことで会場はまた一つになりました。一冊の絵本は参加者それぞれの人生を労い祝福したことでしょう。

 

絵本は著者からの最高の贈り物に違いありません。著者の思いが絵から言葉から無限に広がり、人の心を潤します。「世間は怖いだけではないよ、優しい人がいっぱいいることを知って欲しい、人の温もりを少しでも感じて欲しいんよ」と、著者のくすのきしげのりさんは講演会で繰り返し語ります。物語とともに胸に沁み入る珠玉のことばの数々が絵本にはあります。シンプルであればあるほど、染みついてその人のものになるのです。

 

2冊の絵本は「贈り物」がテーマにありました。日本でもクリスマスは年末の大事な行事になっています。せっかく習慣になっているのなら「贈り物」の原点に立ち返り、改めて今年のクリスマスプレゼントを選ぼうと思います。贈る相手への想いを添えて。

 

 さあ、素敵なクリスマスをお過ごしくださいね!

(ここでご紹介した絵本を購入したい方は、ぜひ絵本の画像をクリックしてください。購入サイトに移行します)

 

東京理科大学理学部数学科卒業。国家公務員として勤務するも相次ぐ家族の喪失体験から「心と体」の関係を学び、1997年から相談業務を開始。2010年から絵本メンタルセラピーの概念を構築。

https://ehon-heart.com/about/


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