水俣曼荼羅


昨年11月に取材のため、熊本県の人吉に行った際、帰路につく前にぜひ行ってみたいと、急きょ水俣に行きました。水俣で行政側が作ったであろう資料館を見学した後、港に面した広々とした公園に足を運びました。40年近く前にいった水俣とはまったく異なった景色に驚きを覚えました。

今年の夏、ジョニー・デップが「MINAMATA」という映画が公開されました。最近は、映画紹介をしている関係で、試写会を観るのが精一杯で映画館へ足を運ぶことは珍しくなっていたのですが、ぜひ観たいと映画館に足を運びました。「MINAMATA」は、水俣病を世界に知らしめたW・ユージン・スミスとアイリーン・美緒子・スミス夫妻の写真集『Minamata』ができるまでの様子を描いたもので、ジョニー・デップの熱意によってできた作品です。ある程度想像はしていたものの、その想像を超えたすばらしい作品でした。こういう映画がなぜ日本でつくれないのか、そんな空しさを感じました。

水俣病に関しては、土本典昭監督が多くのドキュメンタリー映画を残しています。今、水俣はどうなっているのだろうと思っている時に、『ゆきゆきて、神軍』や『全身小説家』など、数々の名作を生み出している原一男監督が、水俣をテーマにしたドキュメンタリー映画が公開されます。

この映画、なんと372分(6時間12分)という長い映画です。3部構成になっていて、「第1部 病像論を糾す」「第2部 時の堆積」「第3部 悶え神」という構成になっています。

ところで、水俣病とはどういう病気かご存じでしょうか。私が子どもの頃、テレビのニュース映像で、よだれを垂らした猫が踊るシーンをよく見かけました。猫がよだれを垂らして踊るというのはどういうことかまったく理解できないまま、熊本県の水俣で多く診られる病気という認識しかありませんでした。

水俣病とは、ウィキペディアによると「熊本県水俣湾周辺の化学工場などから海や河川に排出されたメチル水銀化合物(有機水銀)により汚染された海産物を住民が長期に渡り日常的に食べたことで中毒性中枢神経系疾患が集団発生した公害病です。最初にこの病気が認識されたのは、1956年(昭和31年)熊本県水俣市の新日本窒素肥料(現・チッソ)水俣工場附属病院長の細川一が水俣保健所に患者の発生を報告し、公式に確認されました。1958年(昭和33年)頃から「水俣病」の名称が使われ始め、1968年(昭和43年)9月26日、厚生省は、水俣病の原因物質をチッソ水俣工場の廃液に含まれたメチル水銀化合物であると認定したもの」とあります。日本4大公害の一つといわれていますが、病気が発見されて60数年経っていますが、未だにさまざまな問題が解決されていない状況にあります。

原一男監督は、「水俣を忘れてはいけない」という思いから、未だその補償をめぐる裁判の続く中、ついに国の患者認定の医学的根拠が覆られたものの、根本的解決には程遠い状況をえぐり出していきます。撮影に15年、編集に5年という長い時間をかけてていねいに撮影されています。

「第1部 病像論を糾す」では、川上敏行さんが起こした裁判によって初めて、国が患者認定制度の基準としてきた「末梢神経説」が否定され、「脳の中枢神経説」が新たに採用されました。しかし、それを実証した熊大医学部浴野教授は孤立無援の立場に追いやられ、国も県も判決を無視し、依然として患者切り捨ての方針は変わらない状況を描き出しています。

「第2部 時の堆積」では、小児性水俣病患者・生駒さん夫婦の差別を乗り越えて歩んできた道程、胎児性水俣病患者さんとその家族の長年にわたる葛藤、90歳になってもなお権力との新たな裁判闘争に賭ける川上敏行さんの、最後の闘いの顛末を描いています。

「第3部 悶え神」では、胎児性水俣病患者・坂本しのぶさんの人恋しさと叶わぬ切なさを伝えるセンチメンタル・ジャーニー、患者運動の最前線に立ちながらも生活者としての保身に揺れる生駒さん、長年の闘いの末に最高裁勝利を勝ち取った溝口さんの信じる庶民の力、そして水俣にとって許すとは? 翻る旗に刻まれた怨の行方は? 水俣の魂の再生を希求する石牟礼道子さんのいう“悶え神”とは? を描いています。

原監督は、「ドキュメンタリーを作ることの本義とは、『⼈間の感情を描くものである』と信じている。感情とは、喜怒哀楽、愛と憎しみであるが、感情を描くことで、それらの感情の中に私たちの⾃由を抑圧している体制のもつ⾮⼈間性や、権⼒側の⾮情さが露わになってくる。この作品において、私は極⼒、⽔俣病の患者である⼈たちや、その⽔俣病の解決のために戦っている⼈たちの感情のディティールを描くことに努めた。私⾃⾝が⽩⿊をつけるという態度は極⼒避けたつもりだが、時に私が怒りをあらわにしたことがあるが、それは、まあ、愛嬌と思っていただきたい。」(中略)「ともあれ、⽔俣病問題が意味するものは何か? ⽔俣病は、メチル⽔銀中毒である、と⾔われていますが、その⽔銀が、クジラやマグロの体内に取り込まれて今や地球全体を覆っています。⽇本の⼩さな地⽅都市で発⽣した⽔俣病が、今や全世界の⼈間にとっての⼤きな問題になっています。ことの⼤きさを強く強く訴えたいと願っています。」と語っています。

ドキュメンタリー映画を作る際、撮られる側の人々が喜んで協力するということはほとんどないといいます。その信頼を勝ち得、ていねいに水俣病の現状を強く訴えているこの映画は6時間超という時間が必要な映画だったのだと思います。

水俣の海を前にして美しい公園に立った私は、その下に何が埋まっているのか、想像すらしていませんでした。その下に埋まっているものは、本当に大丈夫なのか、そして、なぜ水俣病は未だに解決していないのか、そして患者の高齢化が進む中、患者たちはどのような道をすすむのか、長い映画ですが、6時間の時間をかけて描かれている水俣の現実をぜひご覧ください。

(中村恵里香、ライター)

 

1127日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー

公式HP http://docudocu.jp/minamata

 

監督:原一男/エグゼクティブ・プロデューサー:浪越宏治/プロデューサー:小林佐智子、原一男、長岡野亜、島野千尋/編集・構成:秦岳志/整音:小川武

助成:文化庁文化芸術振興費補助金 (映画創造活動支援事業)独立行政法人日本芸術文化振興会

製作・配給:疾走プロダクション

配給協力:風狂映画舎

2020年/372分/DCP/16:9/日本/ドキュメンタリー

©疾走プロダクション

 


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