オリンピック初心者の17の驚き


AMOR編集部

はじめに

東京開催となったことで、オリンピックについて、その開催の是非、実施方法の如何など、考えるより先に、問われるようになった感のある今回、いざ、考えようにも、オリンピックというものについてメディアが日常的に報じる以上のことは知らないという方々も多いのではないだろうか。……かくいう当編集部のメンバーも多くも実際そうなので……この機会に調べ始めてみることにする。

このテーマに詳しいスポーツ・ジャーリスト、体育学の先生方には、素人がどんなところに驚くかのリサーチとしてご笑覧いただきたい。

まずは、簡単な検索で目についた、次の二つの書を手がかりにしてみた。

●入門書として:
『オリンピック・パラリンピックを学ぶ』後藤光将編著(岩波ジュニア新書 2020年1月発行)
以下A

●批判的考察の手がかりとして:
『五輪と戦後 上演としての東京オリンピック』吉見俊哉著(河出書房新社 2020年4月発行)
以下B

 

驚き1)オリンピック、パラリンピックの本来の姿は、4年に一度開催される一大スポーツ大会だけではない!

てっきり、その大会のことだと思っていた(A:iii-ivページ参照)。詳しくは以下を読み進めていってほしい。

 

驚き2)「オリンピズム」「パラリンピズム」という言葉がある!

図書A『オリンピック・パラリンピックを学ぶ』

恥ずかしながら、初めて聞いた。オリンピック、パラリンピックの理念、考えを指すものらしい。その目的は、「スポーツと文化によって心身ともに調和のとれた若者を育て、平和な国際社会の構築に寄与しようとする」教育思想であり平和思想であるという。オリンピック憲章(2019年版 JOC訳文。A:72ページより) のオリンピズムの根本原則2では「オリンピズムの目的は、人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展のためのスポーツを役立てること」といわれている。

この「オリンピズム」「パラリンピズム」の普及と浸透を図る活動「オリンピック・ムーブメント」「パラリンピック・ムーブメント」こそがより本質的で、あの数日間のスポーツイベントはその一環であり、頂点として位置づけられるものらしい。

ちなみに、「オリンピズム」という言葉が『広辞苑』(岩波書店)に初めて掲載されたのは2018年の第7版。まだまだ知らなくても当然なのか、いや今知るべき言葉なのか(A:3~4、72~74ページ参照)。あの大会を云々するだけではオリンピック論にはならないということのようだ。

 

驚き3)「オリンピック憲章」とは、このムーブメントのための憲章ということだ!

その「オリンピズムの根本原則」3の主語は、オリンピック大会ではなく、あくまで「オリンピック・ムーブメント」になっている。いわく「オリンピック・ムーブメントは、オリンピズムの価値に意欲をかき立てられたすべての個人と組織の合議にもとづく組織的かつ普遍的、恒久的な活動」。そういうことなのか(A:3~4ページ参照)。

 

驚き4)近代オリンピックの創始者ピエール・ド・クーベルタンは古代オリンピックから着想を得た!

これは知っていたが、古代オリンピックが約1200年近く続いていた(紀元前776~紀元後393)ということが驚きである。そして、それを終焉させたのはキリスト教が国教とされたローマ帝国によってだったということも(A:5~11ぺージ参照)。

 

驚き5)クーベルタンの思想には、古代オリンピックの三つの特徴が影響を及ぼしている!

一つ目に、調和的な人間の理想像を表す「カロカガティア」(美しく善き人)、二つ目に聖なる休戦を意味する「エケケイリア」。平和の祭典という思想につながる。三つ目に、スポーツと芸術の融合。近代オリンピック当初は、文化祭的な芸術作品の出展があったという。その名残が(今回とくに冴えなかったと逆評判の高い)開会式と閉会式の文化的プログラムなのだ(A:5~7ページ参照)。

 

驚き6)近代オリンピズムは、クーベルタンにおいて、平和思想と教育思想が結びついて生まれたものだった!

普仏戦争、パリコミューン事件が一方で平和思想のきっかけになり、他方、イギリスのパブリック・スクールの視察で体育とスポーツを教育に取り入れるという思想を養ったクーベルタンは、さらに、スポーツによる国際交流という発想に結実したのだという(A:8~11ページ参照)。この教育思想という点は、20世紀のキリスト教青年運動の展開とも重なり合っていることにも注目したい。

 

驚き7)6月23日はオリンピック・デー!

6月23日は沖縄慰霊の日として心に刻まれる、それのみに潜心したい日であるが、これがオリンピック・デーでもあるということにびっくりする。クーベルタンの提唱が実を結び、1894年のパリ国際アスレティック会議で、4年に1度のオリンピック競技会の復興とそのための組織、すなわちIOC(国際オリンピック委員会)の設立が承認されたのが、6月23日。つまり近代オリンピック創設記念日ということだ(A:66~67ページ参照)。

 

驚き8)クーベルタンの思いと、競技会の運営とのずれがあったらしい!

クーベルタンの思いは、上述の平和、教育、国際交流・国際理解の促進にあった。これがオリンピズムであり、これを普及する活動全般、すなわちオリンピック・ムーブメントを創始したのが彼だった。ところが、驚き2で述べた「オリンピズム」の考えがオリンピック憲章で明記されたのは、ようやく1991年ということだ(A:14~18、72ページ参照)。この時間差はかなり重要なのではないだろうか。4年に1度の競技会開催のほうが肥大化していたのではなかったか。今、われわれがオリンピック大会でなく、オリンピズムを知ろうとしているのは、いわばクーベルタンに近づこうとすることかもしれない。

 

驚き9)復興という理念のもと開催された近代オリンピック大会の第1回アテネ大会は、国別参加ではなく、個人やクラブ単位の参加だった!

参加者300人弱。出身国籍14か国。参加方式が国内オリンピック委員会毎(国単位)ということになったのは1908年のロンドン大会からだ(A:66~67ページ参照)。以後、つきまとうのはナショナリズムということになっていく。

 

驚き10)オリンピック大会と万国博覧会は表裏のつながりがあったらしい!

第2回パリ大会(1900年)は、なんと万国博覧会の付属イベントだった。また第3回セントルイス大会(1904年)は、万国博覧会と同時開催だったという(A:66~67ページ参照)。このオリンピックと万博というつながりは、日本もあの1964年の東京五輪と1970年の大阪万博で経験している。この両イベントの文化的社会的つながりについては、後述のように、社会学者のオリンピック論に欠かせない観点となっているようだ。大阪万博2025ももうすぐそこに浮かぶ今、重要な観点かもしれない。

 

驚き11)「オリンピアード」という考え方もよく知らなかった!

これは、オリンピックの数え方にも関係があるとのこと。オリンピアードとは大会の開催周期の意味で、4年周期(最初の年の1月1日開始、4年目の12月31日まで)は古代ギリシアの暦に基づくもの。そして夏季大会は、そのオリンピアードの1年目に開催される。東京2020が第32回大会と呼ばれるが、それは、正確には「32回目のオリンピアードに実施される大会」という意味である。中止になっても、そのオリンピアードは経過するので、たとえば1944年の第13回ロンドン大会は戦争のため中止になり、戦後の1948年に再びロンドンで開催されたが、それは第14回大会となった。尊ばれる周期を記念して開催されることのほうが重要視されていたという伝統は興味深い。それに対して、冬季大会は、一般的な通算回数で数えられているという(A:110~113ページ参照)。

 

驚き12)今や「スポーツ・文化・環境」がオリンピズムの三本柱になっている!

1984年のロサンゼルス大会以降、商業主義化が進んだといわれる大会としてのオリンピックだが、オリンピズムは1991年の憲章改訂以降、むしろ新たな扉を開いたように見える。驚き2で述べた「オリンピック・ムーブメント」の活動は以下のようなに多岐にわたっている:

「オリンピック大会の開催以外に実施しているムーブメントには、スポーツ倫理の普及、平和の推進、差別の撤廃、男女平等の推進、アンチドーピング、選手の健康の保護、スポーツ・フォー・オール(スポーツする者の権利の保障)、スポーツと選手の政治的・商業的な悪用からの保護、環境問題への取り組み、レガシー(遺産)を遺すこと、スポーツと文化と教育の融合、国際オリンピック・アカデミー(IOA)やオリンピック教育の推進機関のサボート等、多くの活動があります」(A:73ページ)

1994年のIOC設立100周年パリ会議では、「スポーツ・文化・環境」が「オリンピズムの三本柱」と呼ばれるようになっている。

 

驚き13)オリンピックの「聖火」の始まりは単なる「灯火」だった!

「聖火」と訳されている単語は今のオリンピック憲章では「オリンピック灯火」(Olympic flame)というだけとのこと。1912年のストックホルム大会で、オリンピック・スタジアムの東西の塔に火が灯されたのが最初という(A:74~75ページ参照)。もう110年の歴史がある。

 

驚き14)聖火リレーには、さまざまな象徴がこめられている!

図書B『五輪と戦後 上演としての東京オリンピック』

聖火リレーが始まったのは、ナチス時代の1936年ベルリン大会でのこと(そこにアーリア主義が懐胎されていることはしばしば聞かれる)。その際、最初の案は「マラトンからベルリンへ」だったらしい。オリンピアの聖地で太陽神アポロンから火を授かる儀式が導入され、オリンピアからの「神聖なる火」(聖火)のリレーというものが生まれた。クーベルタン自身は、開催都市から次の開催都市へのリレーを考えていたという。

聖火リレーというものの祭典的演出性について『五輪と戦後』が紹介するように、1940年の(返上された)東京大会について、オリンピアから始まりつつ、インド、シンガポール、フィリピン、上海を経て、皇祖発祥の地(宮崎)の日向高千穂峰で建国2600年を奉賀し、伊勢神宮、明示神宮を経て大会会場に入るリレールート案が日本委員から発表されたという!(B:120ページ参照)。1964年の東京大会で聖火リレーが沖縄から始められたという演出がもつ象徴性も重要である。来年50周年を迎える“沖縄返還”への布石だったのだ(A:91~109ページ、B:83~145ページ参照)。

 

驚き15)「オリンピック休戦」というものがある!

「平和の祭典」と呼ばれるようになる「休戦」の考えは、古代オリンピアの祭典競技に際しての「エケケイリア」(手を置くこと、つまり「戦の手出しをしない」という休戦の意味)にあるという。そうして競技者と観戦者を保護するという慣例と伝統になった。近代オリンピックの提唱者クーベルタンにもこの考えはあったが、実際には第一次世界大戦で1度、第二次世界大戦で2度中止になってしまう。

「オリンピック休戦」の理念が高く掲げられるようになったのは、冷戦下の1952年ヘルシンキ大会と1956年のメルボルン大会だったが、公式にアピールされたのは、1992年のバルセロナ大会。内戦状態にあった旧ユーゴスラビアの選手の参加の道を開くために国連と交渉されたときが、近代オリンピックにおける「オリンピック休戦」の最初になった。翌1993年の国連総会では、翌年のリレハンメル冬季大会のために国連とIOCが連携して「オリンピック休戦」決議を出し、以後慣例となっている。

2000年にはアテネに「オリンピック休戦センター」が設立。2004年のアテネ大会のときには「休戦賛同の壁(後に壁画)」への署名という運動が始まり、ローマ教皇、各国首脳が署名をするというセレモニーが行われた。ローマ教皇の賛同と参加がひときわ注目される。国連とIOCの連携は、現在SDGsにおける協力へと展開している(A:81~86ページ参照)。

 

驚き16)オリンピックと日本の関係、とりわけ幻の大会構想を含めての3度の東京大会には、戦前から戦後への日本社会と都市東京の歴史が凝縮されている!

たまたま手にした吉見俊哉氏の『五輪と戦後』は考察だけでなく、五輪招致の失敗の歴史も含めて20世紀から21世紀にかけての日本の社会と文化の実相を照らし出している。

1964年の東京大会の経緯の解明は、東京論としても興味深い。軍都としての東京の施設、占領下の米軍施設からオリンピック・シティへの置き換わりの歴史は、日本における戦争と平和を考えさせる情報にあふれている。 吉見氏の著書には『万博と戦後日本』(講談社学術文庫 2011年)もある。社会学的考察、都市論的考察は、キリスト教史の考察にとっても刺激になる。

余談だが、本書少し触れられているだけだが、丹下健三の建築美学(広島平和記念公園と代々木競技場)に触れているくだり(B:129~140ページ参照)を読むとき、丹下のモニュメンタル的建築のレガシー(遺産)を東京カテドラル聖マリア大聖堂(1964年12月8日献堂)という形で負わされているカトリック東京大司教区の五輪との関係にも心を向けさせられる。

 

驚き17)オリンピック論は3度の東京五輪をめぐって盛ん!

AMORとして初めて「オリンピック」というテーマに向かうにあたって、これをめぐる学術研究やさまざまな観点からの議論が盛んであるという事実にまず驚かされた。上述の『五輪と戦後』は、その22ページ以下でその状況を紹介している。

●1940年の幻の東京五輪に焦点をあてた研究
『皇紀・万博・オリンピック――皇室ブランドと経済発展』古川隆久著(中公新書 1998年)
『幻の東京オリンピックとその時代――戦時期のスポーツ・都市・身体』坂上康博・高岡裕之編著(青弓社 2009年)

 

●1940年、1964年、2020年の東京五輪を見つめるものとして
『オリンピック・シティ 東京 1940・1964』片木篤(河出書房新社 2010年)
『〈東京オリンピック〉の誕生――1940年から2020年へ』浜田幸枝著(吉川弘文館 2018年)

 

●近代オリンピックに対する批判的考察として日本での五輪を歴史的に位置づける研究
『オリンピック・スタディーズ―――複数の経験・複数の政治』清水諭編(せりか書房 2004年)
『現代オリンピックの発展と危機 1940-2020――二度目の東京が目指すもの』石坂友司著(人文書院 2018年)

 

●東京2020に対する批判的議論
『反東京オリンピック宣言』小笠原博毅・山本厚久編(航思社 2016年)
『やっぱりいらない東京オリンピック』小笠原博毅・山本厚久著(岩波ブックレット 2019年)
『東京オリンピック ――「問題」の核心は何か』小川勝著(集英社 2016年)
『で、オリンピックやめませんか?』天野恵一・鵜飼哲著(亜紀書房 2019年)

 

●近代オリンピックそのものの問題性を指摘するものとして
『オリンピックの終わりの始まり』谷口源太郎著(コモンズ 2019年)

おわりに

オリンピックへの問いかけから、オリンピズム、オリンピック・ムーブメントへと目を開くことになった。我々としては、キリスト教とオリンピック、オリンピズムと福音の精神、1964年のオリンピックと第二バチカン公会議、キリスト教的人間観とスポーツ、といったテーマに研究と考察を向かわせたいし、期待したいところである。

今回は驚きが17にも達したので、ここで一端留めておくが、このほかメディアとオリンピック、パラリンピック、スペシャル・オリンピックスといったテーマにも目を向けるともっと驚きが増えていく。とくにメディアの問題は、カトリック教会においては、SIGNISの課題と使命にも直結する(本年1月号特集51参照)。これらの多くのテーマが待っていることを心に留めて、今後につなげていきたい。

今回の学びの導きとなった上掲二書に感謝しつつ……。

 


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