『祈り―幻に長崎を想う刻(とき)―』


1945年8月9日午前11時02分、長崎市では原爆投下によって人口24万人のうちおよそ7万4000人が一瞬にして命を失った。

 

この映画の物語は、原爆投下から12年後、1957年の冬の長崎からはじまる。

被爆した傷跡が残る浦上天主堂跡には、聖母マリア像=通称「被曝マリア像」の首と腕が転がっている。その前で、一人祈りをささげている女性―鹿(高島礼子)がいる。

 

鹿は、昼は看護婦として働き、夜は長崎港の近くにある合同市場=旧闇市場の住処で娼婦をしていた。敬虔なカトリック信徒の鹿の悲願は、原爆でバラバラになったマリア像をがれきのなかから回収して、もとの姿に修復することであった。信徒仲間の協力もあり、鹿の住処には修復されたマリア像が隠されていた。あとは首と右腕を残すのみだった。

 

鹿と同じくカトリックの信徒である忍(黒谷友香)は、被曝差別から逃れるために家に閉じこもっている夫と生まれたばかりの赤ん坊と暮らしている。生計を支立てるために昼は保母として働き、夜は合同市場で自らの詩集を売りながら、鹿の客引きもしていた。

その忍を毎夜見つめ、詩集を手にした印刷工の一ノ瀬(村田雄浩)は、原爆で妻子を失い、自らも原爆症で長くはない命だった。

 

浦上天主堂の取り壊しが決まり、鹿たちはマリア像の首を持ち去るのを急がねばならない。

1957年の12月24日、頭部だけのマリア像の前で、被曝犠牲者たちへの追悼の祈りが信者たちによって捧げられている。

その夜、鹿、忍、一ノ瀬、鹿とともにマリア像を守ろうという信徒が浦上天主堂をめざした。

いつしか、雪が舞い降り始めた。雪のクリスマス、それはまさに聖なる夜であった。

 

この映画の原作は田中千禾夫(ちかお)の戯曲『マリアの首―幻に長崎を想う曲―』である。

田中がこの戯曲を書く動機は、浦上天主堂の残骸を撤去するか遺構として残すかの議論が沸いたとき、「被曝マリア像」と名付けられたマリア像の頭部が忽然と姿を消したという事実に触発されたことという。

浦上天主堂の残骸が、日米国交の妨げになるという声が聞こえるなかで、田中は戯曲に挑んだ。田中はこの戯曲の公演パンフレットに次のように書いた。

「被曝の事実も、また被曝という大きな犠牲の意味も忘れられつつあるとき、私になにができるであろう。せめて幻の中でなら、私を産み育ててくれた長崎が戦さの業火で打ちのめされたあと、乾ききらぬ血を共に拭い、切ない息を共に吸うこともできないことはないだろう。またそこには、間接的に戦争の協力したことの贖罪の意識があったような気もする。私のような戦前派の者は、いつもなにかしら後ろめたさのようなものを背負っているので、取り立てて言うほどではないかもしれないが、念のために附け加えておきたい」

映画のパンフレットには「そして、終戦から76年を経た現在(いま)―あの戦争を肉声で語る世代は、次第に失われつつある。そんな時代にこそもう一度、戦争の愚挙や悔恨を後世に語り継ぐために『マリアの首』は新たな生命を吹き込まれ、映画『祈り―幻に長崎を想う刻(とき)―』として再誕した」とある。

 

2021年8月4日に、公開直前イベント「祈りのつどい」が早稲田奉仕園 スコットホールで行われた。この会場で高島礼子氏は

「長崎の冬のロケ現場はとても寒かったのです。被曝者の役を演ずるエキストラのかたがたは地元の人たちで、服がちぎれ、肌はケロイドになったように露わになっていました。それなのに、寒い中、長い時間出番まで待っていてくださいました。あのかたたちは、近親者などのかたたちから、被曝当時のことを聞いているのでしょう。私たちがあの悲劇を後世に伝えていこうという意志が、私にはとても強く感じられました」

と話された。

戦争の悲惨さを後世に伝え、平和のありがたさを尊いものとして感じるために、映画の力が大きな役割を担っていると言えよう。

 

2019年に来日されたフランシスコ教皇が、長崎で演説された言葉から一部を紹介しよう。

「ここにおられる皆さんの中には、カトリック信者でない方もおられるでしょう。でも、アッシジの聖フランシスコに由来する平和を求める祈りは、私たち全員の祈りとなると確信しています。

≪主よ、私をあなたの平和の道具としてください。憎しみがあるところに愛を、いさかいがあるところに赦しを、疑いのあるところに信仰を、絶望があるところに希望を、闇に光を、悲しみあるところに喜びをもたらすものとしてください≫

記憶にとどめるこの場所、それは私たちをはっとさせ、無関心でいることを許さないだけではなく、神にもっと信頼を寄せるよう促してくれます。また、私たちが真の平和の道具となって働くよう勧めてくれています。過去と同じ過ちを犯さないためにも勧めているのです。

皆さんとご家族、そして全国民が、繁栄と社会の和の恵みを享受できますようお祈りいたします」

雨の降る中、長崎の原爆落下中心地碑から天を見上げ、祈るフランシスコ教皇の姿が思い出される。

 

この映画をぜひ若い人たちに観てほしいと思う。

鵜飼清(評論家)

 

8月20日(金)よりシネ・リーブル池袋、UPLINK吉祥寺ほか全国順次公開

8月13日(金)よりユナイテッド・シネマ長崎、佐世保シネマボックス太陽にて先行公開

 

公式ホームページ:https://inori-movie.com/index.html

 

スタッフ:監督・脚本:松村克弥/脚本:渡辺善則/撮影監督:髙間賢治 J.S.C./美術 安藤 篤/音楽: 谷川賢作/編集:川島章正

Cast:高島礼子、黒谷友香、田辺誠一、金児憲史、村田雄浩、寺田農、藤本隆宏、温水洋一 

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

thirteen + 14 =